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043.青の薔薇 3
 白竜王のタイムスケジュールはそこらの時計より正確である。
 真面目・勤勉・几帳面なその性格の賜物だろう。本日も午前11時55分には午前の職務を片付けて彼専用の食堂へ行き、玄米粥と野菜中心の副菜を良く噛んで食べ、12時40分には執務室の扉を開けた。
 午後の職務の開始である。
 が。
「お!お帰りー!」
 きっちりと机に平行に揃えた書類の上に座っていた黒の軍服が片手を上げるのに白竜王は表情を滑り落とした。
 元々表情の無いタチなので、余り判らなかったが
「邪魔してる」
 偉そうに腕を組んで、焔が壁に凭れている。
 そして。
「ああ早いですね、持って来てくれたんですねコーヒー。まさかインスタントじゃないですよね?
 女王様完全発揮した口調でソファに寛いでいた天蓬は立ち竦む白竜王をやっと目に入れるとぱちりと睫毛を瞬かせた。
「何だ。傲潤でしたか」
 何だ扱いか。
 天蓬の周囲にミニ白竜がキュイキュイ鳴きながら何匹も纏わりついている。大好きな天蓬の訪れに大興奮だ。  
 次第に震える白竜王の背後で、いつもは節度ある音しか立てない扉が凄まじい音で開かれた。
「お待たせ致しました!」
 白竜王の部下…しかも幹部がお盆にカップを3つ載せて現れる。完全に声が裏返っていた。
 扉の周囲では野次馬が押し掛けている。
 天蓬はふわり、と幹部に微笑んで見せた。扉の向こうにどよめきが走るのを完全に計算している微笑だ。
「ありがとう。インスタントじゃないですよね
 まだ拘ってるのかお前は。
「粗挽きネルドリップです!!」
「結構です」
 傲慢にそう返してカップを摘み、震えるこの部屋の主を見て天蓬はああそうだと頷いた。
「誰か。傲潤にも同じのを」
「畏まりました!!」
 下僕志願の者らが足音も高く走り去って行く。
 焔と捲簾の分を机に置いて、部下の前で上司の名を呼び捨てた天蓬は、白竜の首をイヤに官能的に撫でると顎でソファを指した。
「立ってられると圧迫感があるんですよね。まあ、その辺に座って」
 ここは貴方様の部屋なのでしょうか女王。
 捲簾は肩を震わせて思う。
「お前が世界の中心に見えるぞ天蓬。全てはお前が制覇しているかのような気品と貫禄。そうお前は何時の世でも太陽であり俺達はその姿を哀れに追い求める向日葵でしかないのだ…」
 また焔が何か呟き出す。 慎み深い白竜王も、我慢には限度があった。

「さっさと出て行け犯罪者―――!!!!

 竜王の絶叫に扉の向こうで部下等が転ぶ音が派手に響いた。





「人聞き悪いですね、誰が犯罪者ですか」
「お前らだ。ルパン一味などとふざけた名を騙りおって」
「証拠は?」
 嫣然と天蓬が微笑む。
 ぐ、と詰まって白竜王はコーヒーを啜った。
 結局は4人でお茶の時間である。



 西海白竜王は西方軍を統括する。
 しかしどうもココの天界は平和で平和で、出陣も殆ど無く、今や警察機構に近い。窃盗犯であるルパン一味を追っているのも彼らだ。
 平和なのは良いことだと白竜王は真面目に、しかも本気で思っており、天蓬始めこのメンバーが彼を気に入っている所以でもある。
「…私の眷属を勝手に持ち出して車に使っているだろう!」
「…ちゃちー罪だなソレ…」
 捲簾の言葉に紅い瞳がキッと睨む。寸前に捲簾はもう明後日の方向を向いていたが。
 実際ルパン一味は証拠を残さない。
 変装も巧みで尻尾を掴ませない。
 長年付き合っている白竜王すら、その正体については勿論判っているが証拠を掴めない。
「この子達は自分から僕のところに遊びに来てくれるんですけど・・・」
 不意に潤ませた瞳を伏せて、天蓬は白竜を撫でていた手をぱたりと膝の上に下ろした。
「それも、もう…ダメですか?」
 伏せた濃い睫毛越しに碧の瞳が頼りなく揺れる。
「…別にそうは言っていない!」
 これが彼の手だと、演技に過ぎないと判っていながら白竜王は慌てて宥めた。
 自分を騙す為だとしても、そういう顔をさせたくない白竜王だ。
「そーゆートコ好きですよv」
 天蓬はにっこりと笑う。キュー、と白竜たちが嬉しそうに甘え、そして彼らの上主は微かに頬を赤らめて横を向いた。
「で、今日は揃って何の用だ。此処の茶菓子を食べ尽くすだけが目的ではあるまい」
「ん?」
 上品なクッキーを5枚程まとめて口に突っ込み、腰の酒で流し込んでいた捲簾が顔を向けた。流石酒をツマミに酒を飲める男。見ているこっちが気持ち悪くなる光景である。
 ついでに向かいの焔はポッキーを見つめて微動だにしていない。きっと今はポッキーから発生した妄想のピークであろう。
「肉・体・解・放…」
 呟かれる真言(違)に、白竜王は上品に視線を逸らせた。
「そうでした。(傲潤を玩具に遊ぶのが)楽しくて、すっかり忘れてました」
 自分の頭をコツリと叩いて天蓬は可愛らしく笑う。
 省略した部分はちっとも可愛らしくないが、聞こえないのだから良しとしよう。
「傲潤、貴方の眷属に西域の呪術に詳しい方いらっしゃいますか?」
「…」
 片方の眉を上げた白竜王は即答を避けて黙った。
 天蓬がわざわざ訪れて来た質問だ。ただの興味ではあるまい。
 黙った白竜王に、酒を置いた捲簾と戻ってきた焔の視線が刺さる。
「…西域は確かに私の守備範囲」
 白竜王は感情の出ない瞳を冴えさせた。
 彼が黙ったのは、犯罪者と疑う奴らに対して情報を洩らさないように気を引き締めたからではない。 
 信頼を向けてくれる友人に、確実な情報を渡そうと考えた為だ。
 毅然とした白竜王は、彼らを裏切ることは無い。
「竜の眷属は呪術に優れる者ばかりだ…もう少し呪術内容を絞れないか?」
「呪殺」
 きっぱりとした天蓬の口調に、流石に白竜王は目を見開いて見つめ返した。
 何を探っているのだ、そう聞こうとして白竜王は1つ息をついた。
 天蓬の瞳は、本気だった。
 何かがあったのだ。
「…西方の呪殺は特殊だ。可能性は百竜とオロチ」
 静かな口調に捲簾は眼を細めた。
 それが、何の罪もない麗華の家族を殺したのだろうか。
 自分は手の届かない天界という高みから。
「神話の時代には同種だった者だ。島国で見目麗しい女性を生け贄に求め、オロチと呼ばれていた亜龍。片方はそのまま『オロチ』という名で河を司る。八百八の山を越えるという長い体長が特徴。傍流は『百竜』と名乗った。それは体長ではなく器官の数を誇る。百の足、百の眼、百の口を持つ亜龍だ。両方とも勢力を西に伸ばし、西域では暴龍とされている」
「…今は何処に?」
 その奇跡の頭脳に情報をインプットさせながら天蓬が尋ねた。
「オロチは我が配下で下界に降りている。百龍は大哥…東海竜王の元で家司として働いているはずだ」
「天界にいるのは百龍だけか」
「下界で大術を使うには設備がいるからな…」
 捲簾と焔が低く囁き合う。その前で自分の唇をなぞっていた天蓬が不意に笑った。
「…捲簾。東海竜王の正式名称は?」
 ぱちり、と捲簾は長い睫毛を瞬かせた。
「東海…青竜お…」
 言い終わる前に捲簾の顔に納得が浮かぶ。
 四海竜王は五行に基く色を表す。
 東の竜王は青。
『青い薔薇』とは、何か関係あるだろうか。
「そこまで絞れれば充分です。ありがとう傲潤」
 すらりと立ち上がった天蓬の動きに添って白衣が揺らめいた。
 間を置かずに焔と捲簾も立ち上がる。 
「サンキュ」
「また会おう」
 口々に柔らかく挨拶され、白竜王は吐息をつくと自分も立ち上がった。
 怒涛のように来て、さっさと帰る奴らなのだ彼らは。
「何をしているかは聞かないが。また危険な事に手を出してはいないだろうな」
 3人はただ微笑む。これは危険に首を突っ込むつもりだなと白竜王は諦めた。
「…お前らは私が捕まえる」
 編み込んだ髪を跳ね上げ、白竜王は毅然と言い切った。
「…失敗したらな」
「失敗しませんよ」
 高らかに天蓬が宣言した。
 だから大丈夫だ、と。
「ま、捕まるならアンタが良いけどな」
 捲簾が肩を竦め、白竜王は憮然と彼を眺めた。
「任せたぞ」
 極短い期間、部下だった事もある男に白竜王はそれだけ言う。
 白竜王にとっても大切な天蓬を、彼はこの男に預けた。
 捲簾は余裕の眼差しで肩越しに白竜王を見て笑うと、扉を閉めざまに親指を立ててみせた。


 昔は見せなかった表情だな、と白竜王は思った。


 そして残念そうに鳴くチビ白竜達を見て、瞬間硬直した。




 一匹足りない。





 稀代の怪盗はあっさりと彼から眷属を盗んで行ったらしかった。
ごーじゅん、遊ばれるの回でした。
彼もイイ男だと思うのですよ。とっつあんだけどね!!