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024.もしもの話 2
 観世音の居室は巨大な王宮の西北にある。勿論池や滝もあるかなり広大な建物だ。
 禁呪の書かれた経典が廃棄されるという話は非公式ながら不穏な情勢とともに噂として広まり、この日その邸宅にはかなりの人数が集っていた。
 あのルパン一味も来るらしいという話題もあり、噂の怪盗を一目見ようと野次馬が来たせいもある。
「予告状とは、随分レトロだと思ったが…」
 李塔天は苦笑する。人数が集まれば死角も出来る。目を配るのも限度がある上に、いざという時に統制が取れない。
 それを見越しているのなら大したものだと李塔天は思う。
「それにしても…本当に現れるのだろうか」
 李塔天は呟く。彼の主人である外戚は宦官の高官達と2階のテラスで睨み合いを続けている。どうして権力者は高い所に行きたがるんだろうと思いながら、李塔天も階段を上がった。
 彼がテラスに着いたのと、そこでどよめきが起こったのは同時だった。
「何だアレは!?」
 口々に叫びながら中庭を指差す高官達を掻き分けて、李等天は最前列に行った。
中庭の池の中央に、不自然な泡が上がっている。
 魚などの呼吸では有り得ない量の気泡は、更にどんどん激しくなって行き。
「影が見えるぞ!!」
 見物人が見つめる先、水面下に黒々とした影が見える。
「何だ!?ルパンか!!}
「何だと!ちょっと見せろ!!」
「押すなっての!!」
 広いテラスといえども野次馬達が殺到すれば身動きも取れない。
ギュウギュウ詰めの者達が見守る中、ザバリと水面が割れた。



「…!!」
「…象?」



 気の抜けた誰かの声がした。
 蓮の花浮かぶ中庭に、浮かび上がったピンクの物体は確かに象の頭だった。
 ただ、頭周りが10m以上はありそうだったが。
 象は、大きな漫画目のまま突然喋った。
『コンニチハ!私サトコちゃん!』
「喋ったあ!!」
 ギャラリーからどよめきが起こる。
 ただ、彼らの中でこのピンクの象の元ネタが薬局の前に立っている『サトコちゃん』だと判った者はいなかったが。
『なんちゃってv嘘よーんv私、本当はル・パ・ンしゃーんしぇー!!』
「ルパン3世だと!?」
イヤこの状況で違かったらそれはどうかと!!
「顔見せろ!!」
 もはや収拾つかない群集を前に、サトコちゃんロボット(顔のみ)は機械音で『いや〜んv有名〜v』などと言っている。
 破壊的な喧騒の中、サトコちゃんの声が響いた。
『じゃvサトコちゃんのファンにファンサービスしちゃうv』
 ゴゴゴゴゴという稼働音に群集は何となく黙った。



『届け!サトコちゃんのラヴラヴフルラアアアアッッッシュ!!!』

 某ネオロマンスゲームのようなセリフを巻き舌で叫んだサトコちゃんロボットの鼻の先がウイーンと開いた。

「ぎいやあああああああ!!」

 ソコから思いっきりブチまけられる水鉄砲に政府高官らが上げた悲鳴は、天帝の間にも聞こえたという。


 
「…陽動、いい動きしてんじゃねーの」
 向かいの棟の屋根の上で、捲簾は咥え煙草のまま面白そうに笑った。
「おかげで地下の倉庫には殆ど人がいなかったな」
 大きな剣を抜き身で下げ、無表情で焔が答える。 
「まあ、向こうも合金の床を斬って地下から来るとは思わねーって」
 捲簾はそう言うと、焔の背中を軽く叩いた。
 賞賛に、焔も薄く笑う。
 保管庫の見張り番はまだ閉じた扉の前で見張っているであろう。
 中の床が斬られて、経典が無くなっているとも知らずに。、
「でも、汚れちゃいましたね」
 白衣の土を払いながら天蓬がぼやく。
 トンネルは勿論土で、服が汚れるのは仕方ない。
「嫌なら来んな」
「すまない元帥…!お前の美しさは損なわれないとはいえ、その衣服を泥で汚すとは俺は悔いても悔いきれん…しかもお前の服の裾にでも縋り付けるのならば土にすらなりたいと願う自分が浅ましいのだがこれが本音だ!」
 完全に対照的な2人の反応を平等に無視し、天蓬は禁呪の経典で肩をトントンと叩いた。
「ま、お仕事終わったし帰りましょうか…捲簾、アレ止めといて下さいね」
 言い捨てて、ヒラリと白衣をはためかせて天蓬は屋根から裏庭に飛び降りた。
 体重を感じさせない身のこなしである。
「先に行く」
 そう声をかけて焔が続き、捲簾はまだ鼻からシャワーを撒き散らしているサトコちゃんの後頭部を楽しげに見つめた。
「…お姫様は相変わらず人使い荒いねえ」
 黒の軍服の脇から抜くのはワルサーP38。
 そのままろくに照準も合わさずに1発打つと、自分も屋根から飛び降りる。



「ぎゃああああ…あ…」
 ズブ濡れになった高官らは不意に止んだシャワーに、目を瞬かせた。
「…終わった、のか?」
 サトコちゃんは沈黙したままもう答えない。
 その後頭部の3cm四方の起動スイッチがたった1発の銃弾によって壊され、停止している事までは彼らの知るところではなかった。



「李塔天!李塔天はおるか!!」
 全身ズブ濡れになった外戚が叫びながら靴音高く地下を歩いている。
 ピンクの象に水掛けられた彼のプライドはそりゃあもうボロボロだ。
「李塔天!」
「…ここに」
 部下を引き連れて、地下の奥に李塔天はいた。
 放水寸前に陽動に気付いて抜け出した彼は全く濡れていない。
 それすらも気に食わず、苛々している外戚に向かって、頭も下げずに李塔天は最悪の報告をした。
「ルパン一味に経典を奪われました」
「…なッ」
 外戚は思わず李塔天に掴みかかった。
「何だと!!貴様何をしていた!!」
 揺さぶられた李塔天は、捕まれた手を振り払った。
 その態度に外戚が目を丸くする。
「貴様…」
「私は動いておりますよ。私の為にね」
 李塔天の瞳が冷たい。
 外戚は1歩下がったが、それ以上は下がれなかった。何時の間にか李塔天の配下が彼の退路を断っていたのだ。
「お前は…私を裏切るのか!?」
「…閣下には色々と教えを受けました」
 李塔天のその口調に外戚は戦慄した。
 彼は遺祷を捧げてるのだ。
「上の者が無能な場合は力でそれに成り代わればいい…そういう教えをね」
 ただ震え上がる外戚に、李塔天は笑いかけた。、
「お礼に、閣下には見せて差し上げましょう.貴方が欲しがっていた禁呪の力を」
 身体を引いた李塔天の後ろから、小さな子供が現れた。
 何故,子供が?
 外戚は、不思議そうな顔がそのまま死に顔となった。



「…李塔天様。宦官勢力についても殲滅致しました」
 後方の声に、李塔天はご苦労と頷いた。
「金蝉童子は」
「捕獲致しました」
 満足そうに彼は頷く。
 両手の鮮血を外戚の高価な服で拭いた子供を抱き抱え、彼は低く笑った。
「菩薩の手よりも、ルパン一味の手に在る方が奪い易いというものよ…。話に聞くと金蝉童子は奴らと親しくしているらしい…人質には持ってこいだ」
 人形のように動かない子供に頬を摺り寄せて、李塔天は囁く。
「…これからがお前の舞台だ…期待しているぞ、わが息子ナタクよ…」
 それでも、ナタクの表情は動かなかった。





「…」
「どーした、金蝉?」
 猿に布団の上に座られても、金蝉は反応出来なかった。
 続きを見てしまった。
 しかもどうやら自分も関係しているようだ。
「金蝉?」
 悟空を見ながら、こいつは出てこなかったななどとぼんやり思う。
 ルパン一味が出てきた。
 しかもあいつらだった。金蝉の脱力は倍増である。
 捲簾は次元なのだろう。ヘビースモーカーな所も、射撃の腕も確かに似てはいる。
 闘神・焔が五右衛門なのもキツイが、まあ良いだろう。基本的に寡黙であり、その剣は確かに全てを断ち斬る腕だ。
 あの帯剣が斬鉄剣だとは知らなかったが。
「…しかも特定の条件で喋り過ぎるんだよあの五右衛門はよ…」
「え?金蝉?何?」
 悟空は困っているが、金蝉の眼中にはない。
 そんな所だけ夢の癖にリアルだ。
「しかも、オマケにあの天蓬は何だ…峰不二子のつもりなのか?」
 まあ、そうだろう。確かに嵌まると思ってしまった己を金蝉は激しく自己嫌悪した。
 あんな三角関係のルパンは普通に嫌だ。
 


 ルパン…。
 ルパンは誰だ?
 ふと金蝉は気付いた。ルパン役が出てこない。
 交友範囲の狭い金蝉としては、誰がルパンかちょっと思いつかなかった(寂しい奴だ)。後は自分の親類の菩薩くらいだが、そこまで破壊的なルパンだったらかなり嫌だ。というか話が収集つかないだろう。
 何だか心持ち引いてる小猿を見つめて、金蝉は嫌な予感がした。
 ルパンは、猿顔だ。
 確か、作者もモンキーなんとかとか言った筈(天蓬譲りの何の役にも立たない知識)。
 しかも自分の周囲で、まだ夢に出て来ていないのだコイツは。
「…やめとけ」
「何が?」
 きょとん、と首を傾げる小猿があんな爛れた三角関係の真っ只中に放り出される事の無いように、金蝉は深く祈った。

 で、勿論金蝉の夢は尚も続く。
ルパン一味のこの人選かなり個人的に自信(笑)