×
024.もしもの話 1
 夜の深い闇の中、明かりさえ室内灯篭1つでは、そのすぐ傍に座る男と、額づく男以外は室内装飾品すら闇に溶けている。
「例の経典だが…菩薩より廃棄の意が下った…」
 椅子に座った男が忌々しく呟く。
「廃棄…でございますか」
 額づいた男が低姿勢のまま復唱する。
 そうよ、と椅子の男が吐き捨てた。
「現在の封印では生ぬるいという事だ…宦官らめが、不用意に妄動するから警戒を抱かれるのだ」
 妄動してるのは貴方も同じだ、と額づきながら内心男は思った。
 宦官とこの外戚勢力は拮抗している。天帝が政治に無関心な現在、実質権威を2分しているのが彼ら勢力だ。
 更に、無能な天帝を廃して自分達が命を革める…というところまで話が進んでいる。
 だが、曲がりなりにも天帝直轄軍を持っている相手に対し、外戚にも宦官にも私兵力しかない。
 強大な兵力を握る方が次の王朝を建てるのだ、と権力者達の動きは相手の先を争うように活発となり、結局こうやって釘を打たれるのだ。
「観世音の差し金でしょうか」
「ああ。だから今まで研究されていたチームも解散したのだ」
 平伏していた男は納得したように頷いた。外戚のスパイとして研究者の1人となって入り込んでいたのは他ならぬ彼であった。勿論宦官も同じ事をしているに違いない。研究者達は公表されていなく、またお互いを知らないが。
「…禁呪経典が廃棄されるのは明後日」
 額づく男の内心を知らず、椅子の男は吐息をつく。
「それまでは観世音の手の中だ…奪うとすれば明後日のみ」
「承知致しました」
 その時に奪え、とそういう事なのだろう。額づく男は更に頭を地に擦りつけた。
 簡単に言ってくれるものだ。
「神と妖怪と化学の融合・禁呪…それさえあれば、何者も恐れることの無い破壊的な力がもたらされるという…」
 椅子の男は陶然と吐息を付いた。
「私がそれを手にした暁には、そなたにも報いよう」
「はっ」
 平伏する男に、気付いたように椅子の男は言い添えた。
「明後日、経典を狙うは我らの他、宦官らとあと1つ」
「…と、申しますと?」
 当然返される問いに、椅子の男は重々しく告げた。



「天界の、ルパン一味だ」
「なんと、あやつらが…!」




「観世音の許に予告状が届きおったわ」
「それはまた厄介な…」
「だが、騒ぎに乗じる事が出来ればこちらにも利がある…面を上げろ」
 椅子の男の言葉に平伏していた男がゆっくり顔を上げた。
 額に見える菱紋。
 冴え光る瞳。
 顔の下半分を覆う髭。
「頼むぞ、李塔天」
「御意」、
 平伏していた男…李塔天は小さく笑った。






「…!!」
 飛び起きた金蝉は、ぶんぶんと周囲を見渡した。
 己のベットの上だ。下には毛布にまみれて判別つかなくなっている猿。
 健やかな寝息が周期的に聞こえる。
「…夢か?」
 確かに猿にねだられて昨日、あのアニメを見たが。
「…天界のルパン一味って何だ…」
 しかもあの悪そうな李塔天は何だ。
 …あの闘神の妄想癖が移ったのだろうか。
 嫌なことを思いながら金蝉は又、枕に顔を埋めた。
 夢というのは理不尽なものだ。
―――などと金蝉が呑気に思っていたのは、その晩だけであった。
「もしも外伝でルパンをやったなら…」
って、そういう題じゃないだろうやシホさん。
しかも続きます。スイマソン。