正直者が馬鹿を見るってのは本当だな、と某裸族元帥はまるで自分が正直者であるかのように思った。
鍵という物を閉めない自分と捲簾の無用心…というより自信に裏打ちされた『テメエ何するつもりかは知らねえケド入って来た所でどーにかなると思ってんじゃねーよアーン?上等だテメエらかなんか指先一つでダウンさ〜♪』という意識を、後悔などした事のない元帥はちょっぴり後悔した。
場所は天蓬と捲簾が住む部屋の、リビング。
時刻は昼と夕方の間。
目の前には、元帥の同居人(その他に適当な間柄が浮かばない)と似た顔を凄ませる赤頭。
当の同居人は何時もの事ながらぶらっと何処かに出掛けて行って行方不明。
「…」
天蓬は珍しく伺うように、自分に影を落として立つ悟浄を見上げた。
悟浄は逆光になった顔を、少しだけ笑いの形に歪めた。
全然笑顔に見えない。
何でしょうか。尋ねようとして天蓬は止めた。悟浄が何で来たか、その理由は判る。アホらしいけれど容易に想像出来る。だから質問は無駄だ。
天蓬は、読み掛けていた本をパタリと閉じて脇に置いた。
「で?」
極限まで簡潔な天蓬の促し方に、悟浄は眉を顰めた。
この根拠のまるでない偉そうな態度に、いつもの悟浄ならヘタレるのだが、今回は違うようだ。何だか攻のオーラがその身体を覆ってる。
「俺、ちょっと怒ってんだよね」
「何となくそうかなーって思いました」
天蓬はそう答えて、煙草のパッケージを探そうと片手をポケットに入れた。
その手首を、何か武器になるものを求めての行為だと思ったのか、悟浄が膝を付いて握り止める。
天蓬は秀麗な美貌に微かに苛立ちを見せたが、悟浄は構わない。
壁にもたれて読書していた天蓬の、しなやかに投げ出された両足の間に悟浄が入り、片手首を握っている状態になっている。
悟浄は相変わらず声を荒げず、低く囁いた。
「大事に大事にしてたのに、寸前で先越された感じって判る?」
「僕そんなアホな失態犯したこと無いから判りません」
効果的な毒舌が吐ける自分の優秀な脳味噌を、天蓬はまたちょっと後悔した。
「そーか。じゃあ教えてやるよ」
相変わらず攻のオーラを漂わせながら、悟浄は笑う。
だから笑顔に見えませんが禁忌チャイルド。
「身体に、な」
「背中が震えるほどベタなセリフ吐きますね貴方」
そこまで言われて、流石に悟浄もちょっとヘタレた。
「…あのさあ。俺結構傷ついてもいるんだけど。何でアンタに余計塩塗り込められるような事言われなきゃいけない訳」
眉端を下げてガリガリと頭を掻いた悟浄に、鬼の元帥もちょっと同情した。
「可哀相なキャラですね貴方」
「いや、そうやって同情されてもな…」
悟浄は遠い目をした。
「言っときますが。僕別に八戒に欲情した覚え無いですし。貴方の為にテク伝授してあげただけですから。むしろ感謝されたっていいでしょう?本当にそうですよね!」
「イヤ、お前一人で自分のセリフに煽られるなよ」
悟浄はもう1度頭を掻いて、そうしてまた不穏な目をした。
「だいたい、八戒に誘われてその気にならない訳無いよな。あんなに美人で可愛い俺の八戒だし」
「帰りなさい馬鹿ップル。僕にちょっかい出してないで、さっさと自分のものにすれば良いじゃないですか」
「だから!!」
悟浄はずいっと膝を進めた。ジーンズの膝が、裸族の元帥のナマ尻に当たる。
「アンタにお仕置きして!それで心の決着をつけて八戒とヤるんだ!!」
「…はずかしい力説ですね…」
天蓬は大きく吐息をついた。
タバコが吸いたい。
本も読みたい。
自分の欲求に忠実な天蓬は、あっさりと眼鏡を傍の床に放った。
「判りました。こうしていても埒が明きません。さっさとヤりますよ」
「…うわー。何だか全然お仕置き臭く無いしー」
「ほらさっさと脱ぐ。で?僕が攻めて良いんですか」
「逆だーー!!!」
ってな訳で。
すみませんでしたと泣き喚いて許しを請う元帥を鬼畜に攻め立てるという悟浄の野望は完全にアテが外れる事になる。
そして。
予想外だったのはもう1つ。
ギッチリと締め上げられ、細かく蠕動する内壁に、悟浄は押し殺した呼吸で抵抗しながら固まった。
ちょっと待て。
ナニこの身体。
「…止まってどうするんですか」
眼下では潤んだ碧の瞳が催眠術でも掛けるようにゆっくり瞬いている。
掠れた声はハッキリ言ってヤバイ。
「…せめて三こすり半くらいは持たせて下さいね」
「…ハイ」
悟浄はガックリと首を垂れた。
女泣かせで鳴らした悟浄だが、こんなに優位に立たれたのは童貞捨てる最初以来な気がする。
が、この会話でちょっと昇り切った熱が醒めたらしい。悟浄はゆっくりと動き出した。
「…ッ」
天蓬の咽喉が曝け出される。
煽るくせに、彼の反応は許容範囲ギリギリだ。敏感な身体がキツイと根を上げているのに、天蓬の減らず口は止まない。
潤んでも、その瞳の光は翳らない。
「…ったく、貴方僕を陵辱してるんですよねえ!」
「させて頂いてます」
陵辱に丁寧語を使用する必要があるのか悟浄。
天蓬は刺し貫かれたまま、苛々と柳眉を逆立てた。
「それなら何僕の身体気遣ってんですか。好きなように動けば良いでしょう」
優しい動き。
体勢が苦しくなったら、すぐに背中に腕を差し入れて姿勢を直してくれる心使い。
余りに鋭い反応を返してしまえば、悟浄は落ち着くまで待ってくれる。
そんな抱かれ方は、好きじゃない。
「だってさあ」
気を抜けない快楽に、目元を歪ませて悟浄は何だか困ったように陵辱相手を見下ろした。
誰よりも天蓬を抱く事の多い大将と。
同じ顔立ちの癖に。
彼は、こういう時にそんな顔をした事無い。
天蓬はそう思って、表情を消す。
捲簾は、いつでも征服者だった。
それは、お互いにとって楽な役割だったから。
「アンタ、口も性格も悪いけど、それでもやっぱり八戒に似てんだもん」
頬に張り付く赤い髪をそのままで、悟浄はそう言う。
「…馬鹿…」
天蓬は馬鹿らしくなって、思いっきり悟浄を締め上げた。
「うわ、うわ、ちょっとタンマ!!!」
「貴方は僕が気に入らなくって陵辱したかったんでしょう!何途中で情を移してるんですか馬鹿ヘタレ!!」
「あ、ちょっと、マジ動くな!動くなってば!!!」
「ああもう、誰がこんな甘甘なセックスに付き合わなきゃいけないんですか!この時間で本が何冊読めると思ってんですか!っつーか読みますよ本。読みますから勝手に動きますか!?」
「それでも良いから止めてくれえ!」
どっちが攻だお前ら。
鋭く舌打ちして身を起こそうとした天蓬が、止まった。
ビクリと竦んだ拍子にあやうくイきそうになった悟浄が、天蓬の見開いた碧の視線を追って後ろをゆっくり振り向く。
そこでは優雅にタバコに火をつけている男が、天真爛漫な笑みを見せていた。
「あ、どうぞどうぞ。ヤっててくれよ」
いや捲簾。そう言われてもな。
「け、け、け、捲簾…」
「悪いなあ、お構いもしませんで」
「いや既に構って貰ってるっつーか、カマ掘ってるっつーか」
落ち着け、悟浄。
そこで彼はハっと気付いた。
悟浄は、八戒に手を出した間男(あくまでも悟浄視点)にお仕置きの為に天蓬を酷い目に遭わせようとしてる(そうして完全に失敗してる)のだが。
今の状態で言うと。
捲簾にとっては、自分が間男なのだ(今更気付くな)
悟浄は慌てて両手を顔の前で振った。
「えええええっと、捲簾?これはだなあ、俺の八戒を天蓬がだなあ」
入ってる状態で言い訳するな。
「もう良いですからさっさと抜きなさい。これで気が済んだでしょう、アホ河童」
天蓬はグイ、と悟浄を押しのけ、悟浄も取り敢えず身を引こうとして。
硬直した。
天蓬の中に入ってる部分と同じくらい全身が硬くなった。
タバコの火を消した捲簾が、悟浄の身体を後ろから止めているのだった。
悟浄の耳元で低い声がする。
「まあまあ、遠慮すんなよ」
遠慮させて下さい。
悟浄は全身に嫌な汗を浮かべた。
その両肩に両腕を乗せて、捲簾は咽喉で笑う。
引っ掛けていただけの上着は落ち、体温が密着している。
逃げられねえ。
辞世の句を浮かべる悟浄の耳に、捲簾の声が続く。
「加勢がいるか?」
思わず悟浄は振り返った。
同居人を寝取られたはずの男は、寝取った男に本気で楽しそうにウインクしてみせた。
悟浄の下で、身の危険を察知した天蓬がもがく。
貫かれたまま、細い手足を動かすその姿は、まるで標本にされた綺麗な昆虫のようで、悟浄の僅かな嗜虐性を刺激した。
「…ナニ?」
「いや、だからお仕置きの加勢がいるのかって」
捲簾の表情はいつもの楽しげな微笑みのままだ。
ちっともひねくれていない表情でひねくれ切った提案をする捲簾である。
「ちょっと、馬鹿な事言わないで下さいよ!貴方も一応僕の上司なら強姦者を蹴り出す位したらどうですか!」
天蓬はこんな状況ながら捲簾を睨み上げる。
どうして。
『恋人なら』って言わないんだろう、と漠然と悟浄は思った。
捲簾は肩を竦めて見せる。
「そんな義務無ェもん。それより、悟浄についた方が面白そうじゃん」
「貴方本当に人として最低ですね…」
天蓬が低く唸る。
何で。
何で恋人の間男を蹴り出す事が『義務』なんだろう、と悟浄はまたも思う。
何だか。
何だかこの2人は、酷く不自然だ。
お互いそのまま会話が続いているのがまず、不自然だ。
「ってな訳で、悟浄、俺も混ぜて」
「…」
悟浄は思わずマジマジと捲簾を見た。
己と似ているらしい、飄々とした風貌。
何の蟠りも無い、強い真っ直ぐな男。
「…混ぜてじゃないですってば!!もう、判りました。悟浄と続きヤりますからどっか行ってて下さい!!」
そんな追い出し方ってどうよ元帥。
しかし、捲簾はしばらく黙ったかと思うと、いきなり悟浄の腰を掴んで後ろに引いた。
内壁を擦られ、天蓬が跳ねる。
「…!」
「うわあああ!!」
ちなみに声のデカイ方が攻だ。
「何すんですか!」
「そーだよ!イくだろーが!!!」
悟浄、ヘタレだ。
捲簾はイタズラが成功したガキ大将の顔で、悟浄の腰を持ったまま言ってのけた。
「混ざる」
「け…捲簾…」
強張った笑みを後方に向けた悟浄に、捲簾はニヤリと笑った。
「混ぜてくれなきゃ、俺このままお前に突っ込むケド?」
「さあ一緒にヤろうぜ兄貴!!」
「ーーーーー!!!!」
よっこらしょ、と体勢を変えられて、天蓬の罵倒の言葉は悲鳴に消えた。
酷く理不尽な目に合ってる気がする元帥だった。