ほの昏い夜の果て 14
 ヤバイヤバイと悟浄は思ってはいた。


 細く、悟浄よりはやや固めの八戒の髪がパラパラと悟浄の額に当たる。項を支えた指にも軽い刺激を与えてくる。頬に当てた指が感じるのは、桃でも撫でているかのような手触り。自分の固くなった指先の皮で傷が容易に付きそうな柔らかさだ。マジですかと悟浄はキスの角度を変えながら思う。これで20過ぎた野郎なんですか八戒さん。
 頬に当てた指を服の上を僅かに滑らせるように背中に移すと、痩身がひくりと慄いた。身体に僅かに力が入ったのが、首筋の手にダイレクトに伝わる。肩のラインが若干上がった。
 八戒の咽喉が動く。慄きを逃がすような、声どころか吐息にもなりきらない動き。
 それに、悟浄は半端無く煽られた。
 更に腰を引き寄せて密着しようとして、我に返って八戒を離す。
 解かれた舌に、微かな水音。それを耳に入れてしまって八戒は上げようとした視線を伏せた。染まった頬と、膨らみを増した濡れる唇が悟浄の視界に入る。先程僅かに濡らした睫毛が色濃く、悟浄はギクシャクと更に身体を離した。
「…?」
 首に腕を回していられずに、八戒は小首を傾げて悟浄を窺う。カナリヤのような無邪気な仕草。
 勘弁してください、と悟浄は天井を仰いで、その辺りに神がいないか探した。
 これは、意識的じゃないにしろ犯罪に分類されるんじゃないだろうか神様。

 外れた腕を伸ばすようにして、八戒は間を埋めようとした。
 悟浄は慌てて更に離れる。

「悟浄?」
 不審気に八戒は呼びかけた。確かに不審だから仕方ない。
 八戒の緑の瞳がふと曇る。やっぱり好きとか言ったけれども、実際キスしてみたら気持ち悪いと思ったのじゃないか。と傷付いた目。そうじゃないんだと悟浄は髪をまとめているのを忘れて指を差し込んで盛大に掻き回した。
「違う!気持ち悪くない!!」
「…でも…」
「違うんだってば!気持ちイイの!ヤバイんだよ!」
 悟浄は情けなくなって吐息をつく。今密着したらいくら何でも明確に八戒に判るだろう昂ぶり。煽られたんだから仕方ないとは思うが、当の八戒は別に煽っていないのだから彼のせいにも出来ない。
 八戒はマジマジと悟浄を見て、噴き出した。
「…うわ、酷ぇ…」
「あはははは、だって…さすが悟浄っていうか…安心したっていうか」
 肩を震わせて八戒は笑う。
 笑いながら、ちらりと悟浄に視線を流した。
 見たことも無いほど艶やかな流し目だった。
「…ヒトを、セックスも知らない女の子みたいに扱わなくっても良いのに」
 僕にだって付いてるし、僕だってそうなりますから隠す事なんて全然ないですよー、と八戒は笑うが、後半部分は悟浄の耳に入っていなかった。

 八戒の言っていることは、女を知っている健全で若い男として当然だ。
 だが、悟浄にはとんでもない誘い文句にしか聞こえなかった。

「…………八戒ィィィィ!!!」
「え、わ…」
 八戒は突然抱き上げられて笑いも吹き飛んだ。何だか悟浄の肩に担がれているようだ。硬い肩に胃が圧迫されてちょっと痛い。背中に手をついて顔を起こしていたが、そのまま階段を駆け上がられた時には流石に驚いた。まず大の男1人抱えて階段上がるなんて鍛えられているなあ、と呑気に思った辺りは天然だが、一番手近な部屋のドアを蹴り開けた時には流石にパニックになった。
「え、え、え…?」
 暴れた八戒を、悟浄はとりあえず肩から床に下ろす。下ろされた場所は悟浄の真正面で、部屋のドアは悟浄の背中の向こうだ。
「えっと…」
 とりあえず、八戒は強張った笑顔を浮かべた。
 悟浄も犬歯を見せるような笑顔を浮かべて、片手で髪を纏めていたゴムを引き抜いた。
 しゃらり、と部屋の中に赤の髪が揺れる。
 けれど、今だけは八戒もちょっと見惚れている余裕は無かった。

 そうなのだ。
 ここは娼館だ。
 暗く設えられた部屋には殆ど家具が無い。壁に薄い色の薄い布が幾重にも掛けられているのが唯一のインテリアだ。
 じりじりと迫る悟浄が、高い衣擦れの音を立ててシルバーのタイを一瞬で抜き去る。
 じりじりと後退しながら、八戒はどんどん微笑みが強張るのを実感していた。
 ここは娼館で。
 娼館の1部屋で。
 悟浄の背中に扉があるのなら。
 自分の後ろに、きっとベッドがあるだろうと言う事位八戒でも判る。

「えっと、ふざけないで下さいね、悟浄」
 笑顔のまま、何とか目に剣呑な色を浮かべて見せると、悟浄はジャケットを滑り落としながら低く笑った。
 目が据わっていると八戒は確認してしまった。
「安心しろよ。本気だ」
 余計まずいじゃないですかと八戒は目眩がした。どうしてこんな事になったんだろう。お互いの擦れ違いと過去の重みを理解して、やっと通じ合った筈だった。心安らかに恋愛の成就を喜べるんじゃないだろうか普通は。確かに中学生じゃないんだから清い付き合いなどと言うつもりは無いが、何で娼館なんかで迫られないといけないのだろうか即物的な。
 そんな思考は勿論現実逃避なだけで、八戒の足はやっぱりあったベットに引っ掛かってそのまま後によろけた。そのタイミングを待っていたように悟浄が重なる。2人分の衝撃にスプリングが軋んだ。
「悟浄!ちょっと、此処どこだと思ってるんですか!」
 悟浄の肩を押し返そうとする動きに合わせて、何をどうしたのかジャケットが腕から抜かれる。場数が違うのは知っていたけれども、こうやって実感させられるとは思わなかった八戒だ。
「何処って、エッチする場所だけど」
 しれっと悟浄は答える。八戒は詰まった。
「此処を使う為に来た訳じゃないでしょう!こんな所で…っ」
「此処じゃないなら良いけど…って?」
 クスクスと上機嫌で笑う悟浄が八戒のタイを抜く。そのまま咽喉元に口付けられ、八戒はそれ以上の言葉を飲み込んで咽喉を反らせた。
 その動きにシャツがシーツに落ちる。何時の間にかボタンが全部外されていたのだと、やっと八戒は理解した。本当に、この早業は何だろうか。
 この色事師にベットの上で抵抗してももう無駄だと、諦めの良い八戒は力を抜いた。良く考えれば別に拒む必要は無い。悟浄を好きだし、直接的に言えば欲情するし、きっと汚れているだろう悟浄の部屋に行くのも、聖なる寺院に引き込むのもどうかと思われるのだから、ここはやはり適材適所で。
 用法的に間違った結論で納得した八戒に、まるで機嫌を取るかのように悟浄の唇が落ちてくる。
 八戒はその背中に腕を回した。
 今度のキスは初めから深くて、舌が痺れた。追いかける舌を宥められ、軽く角度を変え、更に深くなる。舌のジンジンする痺れはどんどん広がっていって、頬からこめかみに、また咽喉から胸元にまで浸透していった。
「は…」
 呼吸が難しくなってきて、唇が離れた瞬間に息を吸い込む。その隙に肌蹴られた胸元に吸い付かれ、八戒が吸い込んだ息は隠せない嬌声となって出て行った。
 ジンジンと疼く熱が胸に到達して集まって尖る。そんな八戒の状態を悟浄は判っているようだった。
「…やっぱイイ声…」
 乳首を唇で挟みながら悟浄は悦に入った低い声を洩らす。
「…なに、言って…」
 八戒は荒くなった息を誤魔化すかのように文句を言った。
 悟浄の、あの吸い付き方って何だ。
 覚えておけば使えるな、と八戒は場違いなほど健全な男性の思考をした。悟浄に惚れてしまった以上、自分が誰かに試すような機会は無いだろうに。
 いたたまれずに顔を背けて、八戒は真っ白になった。
 ドアが開いている。
 
 それはそうだ。さっき悟浄は八戒を抱えながらアレを足で蹴破った。その勢いで丁寧にドアを閉めたりはしないだろう普通。
 廊下へと続くその扉は、完全に180度近く開いていて。階段を上がってきたら途中から丸見えで。
「ご、…じょう、ごじょ、ドア…」
「あ?」
 悟浄はちらりと一瞬だけドアに目をやったが、すぐに八戒に戻した。そんな事は悟浄にはどうでも良い。
 どうでも良くないのは八戒だ。誰もいないとは言え…そう考えて更に真っ白になる。本当に誰もいないのだろうか。全員寺院に行くと女将は言ったが、本当だろうか。誰か残っていないだろうか。それだけじゃない。下の玄関の鍵は閉めただろうか。締めてないだろう。中に悟浄と八戒がいた。きっと今だって開いている。誰かが興味を持ってドアを開け、そして階段をあがれば、見られてしまうのだ。
 それに、いつ女性たちが帰ってくるか判らない。
「…ッあ!」
 胸の片方を舐められ、もう片方を指で潰され、八戒は高い悲鳴をあげた。そんな場合じゃないのに、せめて下の鍵くらいは掛けたいのに、身体はもう暴走を始めている。だめだ、と横に振った首は髪とシーツが擦れる音を立てるだけで、つまり更に悟浄を煽るだけだ。
「ごじょ、ヤです、カギ…」
 そんな甘い声で悟浄が止まる訳が無い。悟浄の手は、下に伸びていた。その指が臍を撫でるのが判って、八戒はもう自分がベルトもボタンもファスナーも外されているのが判って、混乱したまま流された。
 悟浄の指が腹を横に撫でる。自分では判らないが、きっとそこはあの大きな傷の部分なのだろう。そこから、ゆっくりと、気が狂いそうなほどゆっくりと下に指が下りる。せっかちに見えて気が長いと、八戒は悟浄の事を見ていたが、それがこんな所でも発揮されると思わなかった。
 カギが、と八戒の頭の中でグルグル単語が回っている。けれどもう、その単語の意味はあやふやなまでに蕩けさせられていた。
 持ち込むまではあんなに無茶なのに、悟浄は一度抱き始めたら無茶はしない。気遣ってくれているのは八戒も判る。悟浄は八戒の反応を見ながらゆっくり事を進めている。何だか、いっそ無茶してくれればこんなに自己嫌悪にはならないのだろうとも思うのだが、まさか無茶してくださいとも言えない。いくら八戒でも今そんな事を男に言ったら本当に無茶されるだろうと予想はつく。
 などとどうでも良いような事をぐるぐる考えているうちに、ちょっと腰を上げさせられ、膝の辺りを伸ばされたと思ったら、もう八戒は全裸に剥かれていた。
「……」
 流石に八戒は居たたまれなくなった。
 同じ男だから見られても平気だなんて言い訳にもならない。大体男同士だとしたって全裸にはならないだろう中々。しかも、1番マズイのは自分が反応している事で。そんなの男同士だってそう見るものではないと思うのに、悟浄ときたらじっくりとそこに目を止めて動かない。
「…ちょっと…余り見ないで下さいよ…」
 何だかもう思考が飽和してしまい、八戒はどこか投げ遣りのようにそう言った。
「俺の感動を邪魔しないでくれる?」
 悟浄はそう言って笑う。その笑顔は八戒の好きないつもの表情だったけれども、自分の足の間から見るというアングルに八戒は気が遠くなった。
「俺の指で八戒が感じてくれるんだもんな…」
 感慨深げな悟浄の感想は、八戒だって覚えがある。花喃が感じてくれるのは八戒の喜びだった。満足そうに笑うと、いつだって花喃は恥かしいと睨み上げて来た。そんな表情だって可愛いと思いながら、口先だけで謝っていた自分だが。
 花喃、本当にゴメン、と八戒は誠心誠意天国の姉に謝った。立場が変わらないと判らない事もあるものだ。
 余りにも八戒が嫌がるので、悟浄は口端を上げながら伸び上がった。腰の横に付いて体重を支えた悟浄の片手に、スプリングが軋む。すぐに唇が塞がれた。
 キスをしたまま、張り詰めたソコに悟浄が指を絡める。
「ん…ッ、んう…」
「あー、ヤベエって八戒…」
 鼻に抜ける声に、悟浄はちゅ、と音を立てて唇を離した。伸び上がった背骨を一気に縮めて、握られて震える部分を口で含む。
「ひ…ッ!!」
 反射的に閉じた脚の間に滑らかな髪と悟浄の頭を挟んでしまい、八戒は目をギュっと閉じた。
 何だか泣きたくなる。初めての感覚では勿論無いが、ブランクが長すぎて背筋が寒くなった。女性に奉仕される余裕とまるで違う、追い詰められる感覚。
 濡れた音を聞きながら、どんどん頭が白くなる。
 悟浄はチラリと上目遣いに目を上げて、そんな八戒を見た。性的モラルが薄い悟浄は、特に男のモノを咥える事に抵抗は感じなかった。そんな自分で良かったと非常に思う。
 八戒は快楽に流されまいと堪えていた。シーツにしがみ付いて、目元を赤く染めて震えている。それはいつもの禁欲的な涼しげな顔とはまるで違っていて、清潔とか潔癖とか理知的とか冷静とかそういう八戒っぽい単語と掛け離れていて、悟浄をこれ以上無い位興奮させる。
 ふとした視線が色っぽいと。悟浄は八戒をそう思っていたけれど。何だかそんなもんじゃない。
 ガクンガクンと胸が断続的に上下した。閉じられなくなった唇の間から、快感に硬直するサーモンピンクの舌まで見える。
 もっと乱れさせたくて舌を絡めながら吸い上げると、八戒は嫌だとでもいうように強く首を横に振った。
「あ、ああ…、も、厭…」
 力の無い指が悟浄の髪を辛うじて握って引く。
「イキそ?イっちゃえよ」
 ゆるゆると扱きながら悟浄が言うと、八戒は啜り上げた。
「ヤ、です…っ、そんな…僕だけ…」
 独りだけ乱されるのは厭だと、首を振って拒絶を表わしながら、それでも八戒は甘い悲鳴を上げて悟浄の手の中に達した。
「ハイお疲れ」
 濡れた掌から、ポタポタとシーツに落ちる雫を見せると、八戒は真っ赤のまま凄い視線で睨んで来た。
 しかし、悟浄が服を脱ぎ出すと、その眼も逸れる。
「もー、八戒を見てるだけでコレですわ」
 腰に両手を当てて威張るように告げると、八戒は情け無さそうに片手で眼を覆った。
「…絶対ムリです…」
「そんな事ねーだろ。確かに自慢のムスコですケド」
 八戒は首を横に振った。目に入ってしまったモノが何だか判らない。いや判ってる。本当は判ってるけれど納得したくない。もう一回ちゃんと見たい気もするけれど、絶対見たくない気もする。
 ここまで違うと『同じ男として劣等感』といった普通の感想は浮かばない。グロい。取り敢えずグロい。末端肥大の病気だとでも言って貰った方が信憑性がある。っていうかまず入らない。
 と思ってるのに、手を取られて握らされる。ホントすみませんと八戒は何かに謝った。自分のとはあからさまに違う。男の手で握って、親指と中指が全く届かないというのは何だろう。八戒が世を儚んでいるというのに、悟浄は自分の赤黒いナニにコントラストを添える八戒の白い指に興奮して更にソレを膨張させたりしている。アホだ。
 こうやって握ったまま気孔を出して体積を半分くらいにしなければ自分の身が危ないんじゃないかと八戒は思った。
 が、実際はその代わりに達してだるい足をそろそろと左右に開いた。こういう状態になってしまっては男は辛いという事が判ってる事もある。それに…先程は自分だけが気持ち良くして貰ったから、次は悟浄をという気持ちもあった。基本的に律儀な八戒である。
「言っときますが…僕きっと物凄く痛がりますからね」
「無茶しないって」
 悟浄はそう約束する。
 実は処女も得意な悟浄だったりする。遊女達は客を取らされる前に最初の男位は憧れの悟浄に、と抱かれたがるし、そのうち娼館の女将が『最初は悟浄に任せれば大丈夫』と送り込んで来るのが恒例になってしまった。悟浄の優しさは遊女達には有名だ。
 悟浄は八戒に覆い被さる。体温を感じて八戒はホッとしたように吐息を洩らした。それを聞きながら長い腕を伸ばし、枕元の小棚からジェルを取り出した。
「酷い事しないから、ちょっと協力してよ」
 親指でジェルのキャップを跳ね上げて、悟浄は片手の掌でたっぷりとジェルを受け止める。それを何だか不安そうに見上げていた八戒は、こういう事は経験豊富な人物に任せようと腹を括った。
 一度腹を括ったら八戒はジタバタしない。悟浄の片腕が八戒の片足を胸に付く位押し上げても、文句は言わなかった。滅茶苦茶恥かしいが、これからもっと恥かしい目に遭うのは判っている。それなら恥かしい上に痛いよりはマシだ。
 入口に粘度の高い液体が触れ、八戒はビクリと竦んだ。
「ん…」
「あ、冷たい?」
 マッサージするようにジェルを馴染ませながら、悟浄は口端を上げる。指の腹を窪みに押し当て、そのまま円を描くようにグリグリ押すと、ふくらはぎの筋肉が引き攣った。
「…ひ、…ぁ」
 ゾクゾクと背筋を駆け上がるのが悪寒なんかじゃないと八戒は気付いて混乱した。前立腺というものがあって快感を司るという知識はあったが、知識と実践は全然違う。こんな。
 こんなに。

「冷たいかもしれねーケド、すぐ熱くなるから」
「…ベタ、ですね…ッ」
 憎まれ口を叩く八戒だったが、爪の先が浅く潜り込んで息を詰めた。くちくちと凄い音がして唾を飲み込む。
 音が大きくて、耳から犯される。
 開いた扉から外に洩れそうな音。
 悟浄は八戒を窺いながら浅く潜らせた指をグルグルと動かした。射れた指先を小刻みに上下させて余裕を作る。相手は男でしかもバージンだ。どんなに気を使えばいいか判らないけれど、判らないなりに細心の注意を祓おうと悟浄は思う。
 悟浄は美味しい物は後に残すタイプだ。お預けをされているとしても、その後に美味しく熟して蕩けた身体を堪能出切ると判っているのだからそんなに苦ではない。むしろ非常に楽しい。
 八戒の体が震えてくる。爪先に力が入って反り返るのと反対に、ソコはどんどん解れて柔らかくなっていく。
 悟浄は試しに指を突き入れてみた。
「は、あああ!」
 悟浄の目の前に細腰が跳ね上がった。悩殺の光景だ。
 突き入れた人差し指に加え、中指の先で縁を広げて隙間にジェルを流し込む。断続的に食い締めてくる肉のタイミングを見計らって、あっさりと2本目を根本まで突き入れた。
「あ、や…あ、」
 枕にしがみ付いて、八戒は上半身を捻るように声を殺す。圧迫感と息苦しさと鈍い苦痛はケタ違いに鮮やかな快楽に霞んでしまっていた。
「そ、んな…ヤだ…」
「そんなって、俺お前の腸触ったの初めてじゃないし」
 最初に会った時にはみ出てた腸を戻したもんな、と悟浄は軽くそう言う。八戒の意識がしっかりしていれば『そういう問題ですか』と蹴り飛ばされていただろう。大体悟浄が触ったのは直腸じゃないだろうし、そもそも内側ではないはずだが。
 悟浄の鼻先で戸惑うように立ち上がる八戒の欲望を、悟浄は軽く舐めた。
「んんんッ!」
 八戒は額を枕に擦り付ける。もう涙声だった。予想外の部分に与えられた刺激は、八戒の体のリミットをまた1つ外す。
「…もう1回位イっとく?」
 笑い混じりの声に、それだけは厭だと頭を振って、八戒は悟浄を見上げた。
「や…ヤです…ッ」
「そお?でも…耐えられないかもよ?」
 言いながら、もう何本か判らない悟浄の指が八戒の内部をぐりり、と抉った。
「ア…!!」
 仰け反って八戒は叫ぶ。今度ばかりは声を殺す事が出来なかった。更にリミットが1つ外れる。
「早めにイった方が良くねー?それも体力削っちゃってヘバるかな」
「あ、あああ、ヤ、やだ!」
 八戒は上半身を無理に起こして、悟浄の腕を掴んだ。掴んだにも関わらずまだ八戒を翻弄する事を止めない指に啜り泣く。
 宥めるようなキスを、首を横に振って遮る。整わない息を無理に押さえて、八戒は懇願するように悟浄を見上げた。
「…ねが、ご、じょ…」
 震えて不自然に跳ねる声。
 耐え方を知らない快楽に翻弄された泣き顔。
 悟浄は、頭の一部がスコーンと音を立てて何処か別の世界に飛び立ってしまったような錯覚を覚えた。
「ごじょ、もう、もうダメ」
 殆ど吐息のような声で囁き、八戒は僅かに見せた舌で、ゆっくりと唇を湿した。
「…ダメったって…八戒の体が…」
 どこか呆然とそう言う悟浄に、八戒は殺意すら覚えた。完全に力が入らないので睨む事すら出来なかったが。
 これ以上快楽だけを与えられたら、そっちの方がどうにかなってしまいそうだ。
 何て言えば良いんだろう、と八戒は思ったが、頭はまるで働かない。
 焦れた身体に急かされて、八戒は口を開いた。
 結局は超ダイレクトな言葉となった。

「早く…抱いて…」

 悟浄の、辛うじて現世に留まっていた脳が全てスコーンと飛んで行った。
 手早く指を引き抜く。曲がったままだった指は八戒にダイレクトに響き、八戒は背筋をしならせてベッドに倒れ込んだ。
「あうっ、あ、ごじょ…」
「…誘ってんじゃねえよ…ッ」
 低く吠えた悟浄が掌に残ったジェルをおざなりに自分にすりつける。そのまま1番太い部分まで一気に押し込んだ。
「ああああッ!!」
 八戒が悟浄の肩に爪を立てる。自分のそんな場所が悟浄を飲み込むのが信じられなかった。勢いに負けて先端を受け入れ、ジェルのぬめりを借りて限界まで広げられ、カリ部分を飲み込んで急激に収縮するまで、敏感にさせられたソコは詳しく八戒に伝えてくる。侵入を留めようと硬く窄まったソコを、更に硬い悟浄が割り開く。それに負けて、八戒は深く悟浄を受け入れさせられた。
「あっ…あああっ…あああっ」
「く…そ、何でこんなにイイんだよっ」
 絡みついて離さない八戒の内に低く咆えて、悟浄は一気に腰を引いた。
「ひ、やああああああ!」
 挿入時には円錐型の形状の為に反発の少なかったカリ部分が、引き抜かれる動きに両壁に引っ掛かった。余りの鋭い快楽に悟浄の胸にしがみ付いて、八戒は泣き叫んだ。
 悟浄は悟浄で、俯いて歯を食いしばった。先端を残してギリギリ位まで抜き出すはずだったのに、キツく絡む内部がソレを許さなかった。
 無理矢理引き止められた圧迫に、予想外の快感を得てしまった。更に突き込んで引き抜く。痺れた内部にゼリーが行き渡ると共に律動も容易になってきた。
「ヤ…イヤだ、イヤ…」
「何が厭だよ…熔けてるくせに」
 ぐちゅぐちゅと繋がった部分から水音がして、引き抜かれる拍子に溢れる液体が浮いた腰からシーツに滴った。
 そんな音を聞きたくない、と八戒は首を振る。が、そのうち自分の口から洩れる間断無い喘声と荒い息継ぎで、その音も掻き消された。
 快楽を司る神経を直接擦り上げられる快楽がキツくて、八戒の目から涙が零れる。苦痛なら堪えられても、身体に力が入らない快楽は耐える事も出来ない。揺さぶられ、突き上げられ、その度ごとに波のように指先にまで慄きが走った。腹が熔ける。逆に背筋が凍える。総毛立つ。密着した体が汗で滑るのすら快楽で、八戒は逃げるように身体を捩った。それでも縫いとめられた腰が逃げられるはずもなく、起ち上がった部分を悟浄の肉の無い腹に擦り付けるだけに終わってしまった。
「あ…ああ…」
 恐怖に目を見開いて、八戒は緩く首を振った。自分の体がおかしい。淡白という程では無いものの、そんなに餓えている訳でもない筈だったのに、身体に制御が効かない。1度濡れそぼつ部分を擦り付ける快楽を知ってしまうと、もう腰の動きを止められなかった。鋭すぎる悦楽は、もう八戒には受け止めきれなくって悲鳴をあげているというのに。
 もう駄目だと思っては悟浄に動きを緩められ、昂ぶった波を宥められて来たが、それももう限界だ、八戒の最後のリミットをもう、乗り越えてしまいそうだった。
 快感に染まった身体に、やや種類の違う痛みを覚えて悟浄は滴る汗に張り付く自分の髪の向こうに、八戒の姿を見た。自分の肩にしがみ付き、堪らず歯を立てている。その様子に悟浄は笑った。
 酷なまでに攻め立てているくせに、場違いなくらい優しい微笑みだった。
「…く、はっか…っ」
 最奥まで自分をめり込ませ、悟浄はそこで自分を解放させた。
 最後の突き上げに耐えられずに八戒は引き攣った傷の上に白い精液を飛び散らせた。
「あああ、ああ…あ…っ…」
 硬直した体が、断続的に痙攣する。その、それ以上深くは入らないくせに更に奥に引き込むような締め付けの強烈さに悟浄は最後の1滴まで搾り取られて甘い呷きを洩らした。

「…はー」
 肩で大きく息をつき、悟浄は鼻を八戒の頬に擦り付けて、折り重なった。
「あーもう、八戒カラダも最高…v」
 軽く耳元にキスして、悟浄は満足そうにくふくふ笑った。
 様子を見ながら進めていたが、ハジメテの割には悟浄にちゃんと付いて来た。やはり体力がある相手は違う。手加減は全く必要ないようだった。
 最後なんて、わざと前には触れなかったのだが、自分から腰を振って刺激する積極性も見れた。で、結局全く触らずにイっちゃうんだからたいしたもんだ。悟浄のテクが優れているという事もあるが、相性が最高でもあるのだろう。後ろで感じる事だって初めてだっただろうに、此処まで開花するのだから。
「…八戒って、結構エッチなカラダ?」
 ペチリ、と力の入らない手で叩かれるのを悟浄は予想していて鼻の下を伸ばした。
 しかし、何も来ない。
 静かだ。
「…八戒?」
 悟浄はそっと顔を上げた。
「…八戒さん…?」
 八戒は。
 完全に気を失って、頬に涙の跡を付けたままぐったりと横たわっていた。

「マジっすか」

 悟浄はヒクリと頬を引き攣らせた。

 もしかして。
 完全に無茶させたんだろうか。

「ヤベー…」
   
 八戒が気付いたら、どういう目に遭うだろうか。
 未来の自分にちょっと同情して、悟浄は大きく吐息をついた。
すいません。シリアスの反動が…ねちょねちょな描写の割にアホなエッチ。やっぱりアタシはこっちの方が合ってるかと。