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ご近所助け合い運動
 悟浄は幸せのゼッチョーにいた。



 のっけから何かと思われるかもしれないが、とにかく悟浄は幸せの絶頂にいたのだ。
 春うららかの清廉な日差し。
 冷気を遮断して、適度に日なたの暖かさが効いた部屋。
 自分は椅子に腰掛けて、で、脚の間には八戒が跪いて、禁忌の子供の禁忌のムスコin八戒のクチである。これで幸せのゼッチョーにいなければ世の中の58女は納得しないだろう。
「…」
 悟浄の長大なモノを両手に捧げるようにして八戒は再度口腔へと導く。何度も願って、何度もねだって、そうして叶えられた光景だ。
 クチに含んだ途端にビクリ、と生々しく脈動する肉隗に八戒は肩を震わせ、これで良いのだろうかと言うように碧の瞳に悟浄を映した。
「…サイ…ッコー」
 押し殺したような悟浄の低い声と、熱っぽく煌めく深紅の瞳に八戒は感じ入ったように濃い睫を伏せる。そのまま舌を動かして形をなぞり、そしてまた深く咥えこんで…。





「ちょっと八戒!河童!!いるんでしょう!?聞いて下さいよ!!」

「ふざけんなテメエ!またあること無いこと吹き込む気だろうが!!」



 バタ――――――ン!とリビングのドアが凄い勢いで開き、上部の蝶番を外して止まった。
 揉み合いながら登場した元帥閣下と大将閣下が2人の状態に気付いて止まる。
 八戒は余りの驚きに心臓が口から出るかと思って、思わずそれを止めようと歯を食いしばっていた。
 人としてありえない方向に捻じ曲がっていた悟浄が絶叫したのは次の瞬間だった。



「痛え―――――――――――――――!!!!!」



 その声は2階下のカミサマと清一色にも聞こえていたが、軽くシカトされたという…。









「すみません、悟浄、本当にすみません」
 ポロポロと瞳から間断なく涙を頬に滑らせながら八戒が誤る。
 床に崩れた悟浄の股間に手をかざして気孔治療しているその姿は痛々しくも間抜けな姿であった。
「僕が、つい咥えてるの忘れて歯を立てたりするから…」
「『咥える』とか平気で言わないで下さい。ギャップあります」
 天蓬は側のクッションにもたれてふー、と煙草の煙を吐いた。
「てめえ!天蓬!!お前らが元凶だろうがあ!!呑気に煙草吸ってんじゃねえよっ!!」
「何世迷言ほざいてるんですか貴方。傷は治ってしまったじゃないですか。過ぎた事いつまでもグチグチ言ってるから甲斐性ないんですよ貴方って。そうやって人に罪をなすりつけてばかりの人生送ってると殺しますよ
 さらり、と天蓬は言うとまたふー、とバニラの匂いの煙を吐いた。その煙草を捲簾がもぎ取る。
「てめえ、大人しく聞いてりゃいい気になって好き放題言いやがって。何でテメエはそうやって1つ言われたことに58返すんだよ!聞いてて腹立つんだよその言い草がよ!」
「は?じゃあ聞かなきゃいいじゃないですか。勝手に僕の発言を聞いてて勝手に腹立てられても困ります。むしろ僕被害者でしょうそれ」
「自分を正当化しようとする癖は醜いってんだよ!」
「僕は貴方のそういう正義感ぶった正論口調が大っ嫌いですけどね!」
「…勝手に人の部屋入り込んだ挙句に俺の怪我の原因作って、しかも俺を罵倒した挙句にそれについてのフォローもなくマジギレ喧嘩されてもな…」
悟浄は遠い眼をした。黄昏ても下半身丸出しじゃイマイチ格好はつかないが。
「悟浄…本当に、ごめんなさ…」
 とうとう八戒が悟浄の横に泣き伏した。それでも必死で嗚咽を堪えようとしている辺りが健気である。
 ボケではあるが、本心から悟浄を傷付けた事を悔やみ、怯えているのだろう。恋人が1階下のご近所さんのような人非人じゃ無いことに悟浄は心から安堵した。
 取り敢えずは大きい手で、八戒の焦茶色の髪を撫でてやる。
「八戒、大丈夫だから」
「…でも、僕が…僕が悟浄を…」
「大丈夫。治してくれたのも八戒だろ?」
 それでも涙を止めることの出来ない八戒と、自分のことは取り敢えず後回しにして(でも、パンツ位は先に上げておいた方がいいと思われる)そんな八戒を宥める悟浄のいじましくかつラブラブなムードに、険悪な天界人たちはちょっとだけ鼻白んだ。
 結局はいちゃいちゃしてるんだから良いじゃないですか。と今までの経緯と責任を完全に投げて天蓬は懲りずに煙草に火をつけ。
 捲簾は…いたずらっこのようにニヤリと笑った。
「大丈夫か?悟浄」
「ん?ああ」
 やっと掛けられた気遣わしげな言葉に、悟浄はちょっと面食らった。
「そっか、でも、こういうのはトラウマになるからな。もう咥えられただけで身体が痛みを思い出して勃たなくなったりさ」
「ヤな事言うなよ」
 げっそりとした顔をする悟浄の横で、八戒が真っ青に血の気を退かせた。
 そんな…と動く白い唇を平然と見て、捲簾は隣に同意を求める。
「な、そういう例はあるだろ?天蓬」
「ありますね」
 突然振られても、眉1つ動かさずに天蓬は即答した。
「それどころか2度と勃たない可能性もありますよ。生殖器は精神的なものと密接に関わっていますから」
 語り好きな天蓬は水を向けられた通りに話しながら、捲簾の真意を探ろうと眼鏡の奥の目を細めた。
「ごじょ…」
 自分のせいで、悟浄は不能になってしまうかもしれない。
 八戒は氷の塊を飲んでしまったかのように胸の奥がすっと冷たくなるのを感じた。
 更に溢れる涙を、節の目立つ器用そうな指が止めた。
「大丈夫」
 捲簾が、優しい瞳で八戒の瞳の下に指を当てて至近距離で微笑む。
 悟浄と良く似た顔ながら、悟浄より余裕のある微笑み。
 触れることを、腕を伸ばすことを未だに躊躇うような悟浄と違って、拒否された事の無い強引な自信。
 それは、また違った魅力。
 思わず涙を止めた八戒に、悟浄はむっとして捲簾を見た。『離せ』と顔一面に極太ゴシック体で書いてから、ふと天蓬を見る。
 天蓬は丁度2人から眼を逸らせた所だった。
 そこには、嫉妬も焦りも、気まずくて目を逸らせた、という素振りすらなかったが。
「トラウマは、すぐに解消させれば良い」
 続いた捲簾の言葉に、嫌な予感を感じたかのように視線を戻した。
 ――――きっと、やはり天蓬も平常ではなかったのだろう。
 いつもなら視線を戻すまでもなく撤退していただろうから。
 視線を戻した先にはもう捲簾はいなく、あっさりと天蓬は上官に腰を抱えられて動きを封じられてしまった。
「!何、するんですかっ!」
「ま。俺たちのせいでもあるから、協力は惜しまないし」
 暴れても無駄だ、と知らしめるかのように抗う天蓬を両手で封じ、それでも捲簾は無邪気っぽく笑ってみせた。
「興奮させてやれよ、悟浄を」
 やっと悟浄も状況を把握した。
 これは、アレだろうか。この間のアレを試すチャンス。
「こう、ふん…?」
 ボケの八戒は未だに把握出来ていないが、天蓬はぐったりと抵抗を諦めた。
「この間ヤったでしょう…またですか…」
 又公開SEXなのだろうか。
「同じじゃあ、興奮出来るかどうか、判んないなー」
 少しづつ、状況を掴みつつある八戒に、悟浄は耳元で囁く。
「興奮できるようなカッコ、してくれる?」






「馬鹿でしょう、貴方達」
 1セット揃えられた服に、天蓬は断言した。
 横で八戒はひらり、と1番上の布を持ち上げる。薄手の白のAラインキャミソールドレス。肩のストラップの華奢さがまた絶妙。
 ベビードールといっても良いようなソレは、長身の天蓬や八戒が着た日には間違いなく股下1センチレベルだろう。
 大体女性物が着れるだろうかとも思うのだが、女性向同人にはそれはあっさり可能というのがセオリーなので勘弁して頂きたい。
 次に八戒が持ち上げたのは服ではない。カチューシャに付属物が付随したシロモノ。白く三角なそれは『ネコ耳v』と言われる萌えアイテムである。
 全く同デザインで色だけ黒の1セットから金の鈴のついた黒のリボンを手に、元帥閣下は殺人光線でも出そうな眼光で悟浄を睨みつけた。
「コレを僕に付けろと…?」
「キティちゃんセットだって」
「由来なんて聞いてませんよ河童」
「可愛いじゃんキティちゃん。体重なんてリンゴ3つ分なんだぜ?」
「異様に詳しいですね貴方…」
「好きなサイズはバナナ2本分なんだぜ」
「絶対嘘でしょうそんなプロフィール…」
 完全にノリの悪い(嬉々として着たらそれはそれでどうかと思うが)天蓬を見て、捲簾がセットの確認をしている八戒の側に寄る。
「困ったなあ…八戒」
 その口調に、今度は天蓬は捲簾を睨みつけた。
 天蓬の動かし方なら天界随一の大将である。
 八戒はそれに気付かず、何でしょう?とでもいうように首を傾げた。
「八戒1人で、悟浄を充分興奮させられればいいんだが…自信はあるか?」
 汚い!!と天蓬は舌打ちした。
 異様に自信の無い八戒である(いや、天界の皆様方が異様に自信家なだけでは…)そんな風に言われたら。
「天蓬…」
 うるうると澄んだ瞳を潤ませて八戒が縋るように名前を呼ぶ。
 この声と眼差しに弱い自分はもしかしたら滅茶苦茶オトコマエの攻キャラ体質ではないだろうか。
 半ば諦めながら天蓬はそんな錯乱した思いを抱いた。
「お願い…お願いします。天蓬…」
 無言でマイクロミニのズボンを下げながら(やっぱりそんな格好だったのか元帥)天蓬は大きく吐息をついた。



 ここまでアフターフォローをしてくれる恋のキューピットvなんているだろうか。
キティの悪夢。