初雪も溶け出し、しかし外気は耳を千切らんばかりに寒い冬のある日。
ぬくぬくと暖房の入った室内で、天蓬はゆっくりと梅昆布茶を啜った。
曇る眼鏡を外して、ぐりぐりと両手の握りこぶしで眼を擦る。幼げな仕草に清一色が眉を顰めて長い袂に包まれた手で天蓬の手を止めた。
「あまり擦ると眼に悪いですよ」
「だって、しょぼしょぼするんです」
訴えるように言う口調は効果の絶大さを自分で判っている。その暗黒大魔王っぷりを知悉しきっている清一色すらが、コロリと落ちて隣でやはり茶を啜っているカミサマを見た。
「目薬出せます?」
「ドラエモン扱いなの?僕」
言いながらもカミサマはくるりと手首を返して手の中に目薬を出現させた。
便利な奴である。
「…僕、目薬差すの苦手なんですけど」
綺麗なカーブの眉をひそめる天蓬に、くすくすと鈴の音のような笑い声がした。
「そんな所も悟能にそっくりね。あの子も下手なのよ」
花喃がカミサマにお代わりのお茶を注ぎながら笑う。
凄いメンツであるが、清一色の部屋に彼らが集まるのは今に始まった事ではない。
彼の部屋は物が少なく、適度に居心地が良く、突然帰って来る悟浄やら捲簾やらに邪魔されない。まるで専業主婦が旦那のいない間に集まるように最近は良く集まるメンツだった。
ちなみに八戒もこのメンバーだが、今はキッチンにいる。
「下手じゃないです。苦手なんです」
「いいから、上向きなよ」
カミサマが天蓬のセーラーカラーを後ろから引っ張った。呆気なく天蓬はカミサマの膝に仰向けに倒れる。
「自分で差せますっ」
「イイ子にしないと、縛っちゃうよ?」
無邪気な笑みでカミサマは脅す。むー、と天蓬は臍を曲げると、ぷいっと顔を背けた。
「上向いて」
その小さい顎をカミサマが取る。嫌がって天蓬が頭を振った為に黒髪がぱさぱさと法衣に散った。
「ヤ…ヤです!…ちょっと、ヤ…」
ばたつかせた脚。今日のお召し物であるセーラーカラーのシャツ1枚(膝丈。オプションとして黒のハイソックス付き)がズルズルと腿の方まで降りてくる。
「確信犯だと判っていても、目が離せない辺りがオトコの辛さでしょうかね…」
「ビジュアル的にはOKだわカミ×天…」
食い入るような眼差し(細くて良く判らないが多分)の清一色と、スケブを開き出した花喃の前で、ようやくカミサマは点眼を済ませた。
「はい、終―わりvすぐだったでしょ」
「…」
犯された後のように目を潤ませて(当然)天蓬が起き上がる。
ひょこり、と八戒が顔を覗かせたのを見つけると、早速言いつけた。
「八戒っ」
「…天蓬」
胸に飛び込んできた良く似た肢体を反射的に抱き締めて、八戒は真剣な眼差しで口を開いた。
「クチでのご奉仕ってどうやるんでしょうか」
「…今までの話は前振りでしたか…」
一気に今までの『可愛らしい天ちゃんv』を捨てて、天蓬は座らせた眼のまま身を離した。
「どうして突然そんな世迷言をクチにするんです。まあ河童のせいでしょうけど」
「…悟浄が、どうしても突っ込みたいって。シタが無理ならせめてクチで御奉仕って言うんで…」
「あああああわかりました良いです聞きません。むしろ聞きたくないです」
天蓬は凶悪な表情で吐き捨てた。
後方でカミサマが大きく溜息をつく。
「もー、悟浄ったら僕に言ってくれれば先生直伝の一子相伝昇天技でご奉仕してあげるのにー」
「クククク…悟能、奉仕の技をその身に叩き込んで差し上げましょうか…」
「頑張って悟能!私の愛読書(純文学)には『男同士なら良い所がお互い判る』っていうのがセオリーよ!」
「貴方達が口を挟むと話がややこしくなるから黙っていて下さい」
非常にクールに天蓬は眼鏡を掛け直した。
が、潤む八戒の碧の瞳にややたじろぐ。
「…貴方にしか、相談できなくて…」
「安心してください、乗って来る人間はここに腐るほどいます」
ひらり、と掌を返されて、花喃は精一杯頷いて見せた。
ひたむきな少女の可憐な表情である。表情だけなら。
「大丈夫よ語能。参考資料を用意しておくわ。尺○だけでなくディープ○ロートやシックス○イン、二本同時奉仕から○道舐めまで網羅しているから」
「いきなり弟に応用編ですか貴女」
「それより、己で会得する方が余程近道でしょう…」
ばさり、と清一色の袖が翻って八戒を包み込んだ。
瞬間眼を瞑ってしまった八戒は、容易にその腕に捕らえられる。
「快楽しか追えない木偶人形にしてあげますよ…クク…壊れた貴方はさぞかし美しいでしょうねえ」
「説得力はありますが貴方の舌は特別製でしょう。参考にはなりません。折角サディストっぽい台詞吐いた所水を差すようですが」
女王様の冷ややかな口調に、しぶしぶ清一色は手を離した。そのまま大きく嘆息する。
「…オカシイですねえ…我は『死んで尚腹の傷口からゆっくり血溜まりを広げていく最愛の姉の死体を視界から外れないように鉄格子にしがみつかせてバックから犯し、壊れた悟能の耳元で『貴方も女ならコレでそこの腹の中の従兄弟でも孕んだかもしれませんねえ』なんてトドメを刺して性処理玩具に堕とす』キャラなんですけどねえ」
「違うシリーズ行きなさい」
「…素敵…鬼畜攻の1×8ね…v」
「貴女酷い目に遭ってる妄想だったんですけど、それ判ってます?」
女王、もはやツッコミ役である。下界は怖い所だ。
清一色に開放された八戒はそんな天蓬をじっと見つめていた。相変わらず周囲を全く判っていない。
「あの、クチでの…」
「ああはいはいはい判りましたご奉仕ですねご奉仕。カミ、アレ出して。独鈷杵」
とうとう投げやりになった天蓬がカミサマの目の前に繊手を突き出す。目を丸くしたカミサマはしかし勢いに呑まれて素直に独鈷(自称)を召喚した。
「はい…」
「よろしい。八戒、部屋行きますよ!」
大股で天蓬は部屋を横切る。はい、と三歩後ろを従順に八戒がついて行く。
「…キレちゃったねえ、天蓬」
「…キレましたね…」
「こうしてはいられないわ、ビデオのセットをしなくちゃv」
遠い目をする男共の横で、花喃が小さな拳を握り締める。
どんな時も、腐女子は強いのだった。
八戒の部屋にずかずかと脚を踏み入れた天蓬はその勢いのまま薄いカーテンを高い音を立てて閉めた。
薄暗くなった部屋に冷静に戻りそうな頭を、何とかその高いテンションに維持する。
実際アホな話だと思う。これから自分がするのは『お兄さんが教えてア・ゲ・ルv』もどきの行動だ。むしろそのシュチュエーションに乗れればイイのだが、残念ながら天蓬は全くシラフであった。
そして、大人しくベットに座っているのはどうにも弱い自分の顔のオオボケ魔人だ。盛り上がる要素がカケラも無い。
『…やめませんか』という台詞を意地で天蓬は飲み込んだ。
その意地こそが天蓬の存在意義に近いのだが、今回ばかりはその己の性格が恨めしい。
1つ吐息をついて、天蓬はしっかり握っていた金色の玩具に目を落した。
―――――実際、セーラーのシャツ1枚で金色に輝くバイ○を握り締め、もう片手で八戒の手を引いてマンションの外階段を上がっていた美貌の元帥はご近所の方々を妄想と煩悶の虜にし、頭に血を上らせた挙句に脳溢血で倒れる住民続出の為に保健所が出動していたが、そんな下々の状態など彼にはどうでもよい。
更に周囲に関心の無い八戒は放り出された玩具を取り上げてしげしげと見つめた。
「これをクチに入れるんですか?」
大きさを測るように滑らせた指の白さがやけに目に付く。
「…大きくないですか?」
「そおですねえ」
天蓬は八戒の手からそれを受け取ると、おもむろに唇を開いて浅く含んだ。
「誤差1oで捲簾サイズですね。闘神より若干大きめ」
口で測るな元帥。
しかもその詳細さは何だ。
「捲簾と悟浄は体格もそっくりですし、まあこんなモノでしょうね」
「…そうですか…」
流石に若干八戒に怯えが混ざる。完全に規格外ではあるから仕方ない。
しかし、天蓬がはい、と差し出すと大人しく口を開いた。度胸は一級品である。
「ん…」
睫毛が怯えて伏せられる。濃い羽毛のようなそれに細かな震えが走っていた。
お、と天蓬が興味を示す。なかなかイイ顔をする。自分が計算づくで作ってみせる表情そっくりだ。
ぐい、とやや奥まで突っ込んでみると、眉を微かに寄せながら、しかし従順に口に含む。
これでいいのか、と言うようにちらりと碧の視線が上がった。
「イイですねえ」
望んだ通りの実験数値が出たときのような声を天蓬は発した。この表情を見ながらここまで冷静なのもやはり同じ顔だからだろうか。
「舌休んでますよ。動かして。…下から上に、ゆっくり」
低く、小さい声に大人しく八戒は従う。口腔を一杯に充たす玩具のせいで、頬の裏が動く様が隠せない。
あー、僕ってこんな顔して咥えてるんですねえ。
天蓬の感慨はそれ位だ。彼はナルシストではないが、非常に客観的な人間なので己の稀な美貌もその効果も把握している。
「うーん、でもちょっと動きが拙いですね。まあ、あの河童なら『ソコがまたイイv』とかお約束をほざくでしょうが。自分でイイとこをヤってあげて下さい」
八戒の瞳が真剣に悩んだ。
しばらく硬直したかと思うと、ゆっくり首を動かして、咥えていた玩具から身を離す。
「どうしました?」
「…イイとこを思い出すので、ちょっと時間いただけますか?」
猪八戒さん、1回目の考留時間に入りました。のこり10分です
天蓬の脳裏に何故か休日の囲碁講座のナレーション(落ち着いた女性の声)が流れた。
これは何なんだろうか。逃げる口実なんだろうか、放置プレイのようなものなんだろうか。それとも本当にただ単にボケてるだけなのだろうか(正解)。
元々天蓬は短期で損気で直情系である。
それはそれは綺麗な瞳が、完全に座った。
そのまま、低い声で八戒に告げる。
「脱ぎなさい」
うわ、いきなり命令形かよ女王様。
とは、八戒は別に思わなかっただろうが、その代わりに眉を寄せて見せた。
「はい?」
「聞き取れないっていうボケですか。いいでしょう王道です。脱ぎなさいって言ったんです。それとも脱がされたいんですか」
戸惑う八戒の柔らかいパンツに、天蓬の軍人とはおよそ思えない繊細な指が掛かった。
そのままどんな経験値だと伺いたくなるような鮮やかな手付きで膝下まで一気に下ろす。勿論下着ごと。
「え、うわあああああッ!?」
「何ですかその色気のカケラも無い悲鳴は!?やり直しなさい!」
「あ、すみません」
きゃあ?とか八戒が首を傾げている間に完全に彼はシャツ1枚になってしまった。
ボケもここまでくると立派である。
というか、本気でリテイクを出した天蓬もどこか壊れたに違いない。
「あ、あの、何するんですか天蓬」
もっと強く出てもいいと思うのだが。八戒。
控えめに申し出たご近所さんを、天蓬は数千人の部下をを前にした元帥の瞳で見据えた。
いやむしろ下僕を見下す女王様のように、と言った方が適切かもしれない。異様な迫力である。
「イイところを実地で教えます。今から覚えなさい。いいですね?」
迫力に呑まれて八戒はシャツのスソを握った。襟元のボタン1つ外されていないのが却って背徳的だ。
数瞬躊躇った八戒は、唇を固く引き結ぶと潔く頷いた。
「はい。宜しくお願いします」
どういう自己完結でそんな結論になったのか、天蓬は考えたくもなかった。
毒をくらわば、やはり皿も頬張る必要があるらしかった。