「…あ…っ」
「…どーも」
真っ赤になる八戒から目を逸らして天蓬は遠い目をした。
あれから数日。出来れば会いたくなかったが、ご近所だから仕方がない。
それでも顔を合わせたくはないだろうと、足早にエレベータに向かおうとした天蓬はシャツの裾が握られているのに気付いて振り返った。
そこで、どんな少女よりも純真そうに、恥じらいに頬を染めている八戒を見て肩を落とす。
「…あの、ウチに…来て貰えませんか…」
耳まで赤くして、目を合わせられずにそれだけを言い、ぎゅう、とシャツを握る手に力を入れる八戒を拒むことがどうしても天蓬には出来ない。
そして、やっぱり八戒の部屋でお茶をすする事になるのである。
お茶請けのリンゴタルトはまた非常に美味しいものの、あのソファが消えているのを見ては天蓬の気分もやや上昇しかねた。
そりゃあれだけオイルやら何やらが染み込んだら、カバーを洗濯した所で無駄だろう。
「…あの後、悟浄に言われたんです。悟浄は、僕を親友だとは思っていないって。僕と、こういう仲になりたいんだって…」
切り出した八戒は恥ずかしげではあったが、嫌悪感は無い。
だから天蓬には次の言葉が判ってしまった。
「びっくりしましたけど…でも、嫌じゃなかったんです。僕も、悟浄なら…」
さすがの天然八戒にも、具体的な例を見せて説明すれば通じるらしい。
これでは自分は恋のキューピット役ではないか、と天蓬はうんざりした。
自分だけ損して他人の為に動いたようで非常に不愉快である。
あの後、捲簾の頭蓋骨の形が変形する位殴り倒したが、それでは気が済まない。
「まだ、僕も怖いんで、悟浄には待っていて貰ってるんですけど…天蓬、これからもまたご指導お願いしますね」
「ご指導…」
眩暈を覚えて天蓬は椅子に手をついた。
この男は自分の言葉の意味を判ってるんだろうか。
いったいどうやって自分に指導させようというのか。この間のも指導だというのだろうか。ってことは又目の前でヤれって事なのか八戒。
「こういう事をお願いできるのは、天蓬さんしか居なくて」
うる、と碧の瞳を潤ませて、八戒が上目遣いになる。
どこかで見た光景だ、とどこか遠くで天蓬は思った。
「これからも、宜しくお願いします」
やっぱり、やっぱり天蓬はそんな八戒に弱いのだ。
「…こちらこそ…」
へら、と笑った顔がどうも微妙に引き攣っている気がする天蓬だった。