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いきなり生本番
 グラスの中の液体は、店内の照明を受けて妙にオレンジ色に鈍く光っていた。
 大きな掌がそれを掴み、呷るように干す。
 そのグラスを片手でテーブルに置いたまま、手を離さずに悟浄はもう片方の手で頬杖をついた。
 パラパラと顔に掛かる真紅の髪をそのままに、長い足を投げ出すように座ってどこか遠くを見ているその姿は珍しくもあからさまに他人を拒絶するものであり、店内の女性達も今夜は遠巻きに眺めるだけだった。
 真紅の瞳に余裕が無い。
 いつも歪めた人懐っこい笑みを湛える口端も、今日は引き結ばれたままだった。
 表情を無くした悟浄は元々が鋭く端正な顔立ちという事もあって、声を掛け難い。
 折角だから傍に寄りたいのに、何だか怖い。と躊躇う女性達の横を長身がすり抜けた。
 そのまま、平気で悟浄の前の椅子を引く。
「…随分荒れた飲み方してんじゃん」
 一瞬テリトリーに踏み込まれた獣のように瞳を凄ませた悟浄は、しかし1度の瞬きでそれを緩めた。
「何だ、捲簾かよ」
 悟浄の瞳を見ても全く怯まなかった捲簾は、片頬に貼られたテープも気にせずにくしゃりと笑った。
「久しぶりに会ったご近所さんに何だはねーだろーがよ」
「マジ久しぶりだよな。アンタ達ここ2週間位見てなかったもんな」
「お仕事v」
 捲簾は頬のテープを引っ張って剥がしながら答える。下には何かに掠られた傷があって悟浄は納得した。
 初めて会った時、彼らは軍人だと名乗ったのだ。
「現場からそのままココ来たから帰ってねーんだけど。俺達がいない間、何かあった?…俺も同じの」
 バーテンに悟浄のグラスを指して2つ追加させ、捲簾は椅子の背もたれに体重を預けた。
「別に…花喃は締め切りに追われてて視界に入るとアシストさせられる(主に男性局部修正作業)事とー、カミは下の階をアトラクションにするって言って図面引いてる(本気)。清一色は近所の幼稚園で交通安全の話を腹話術でボランティア(超善人)位かな」

「変り映え無しか」

 そうまとめた捲簾は、ぐるりとそう広くは無い店内を見回した。
「八戒は?」
「…あいつはこーゆートコ苦手でさ。今頃は部屋で本でも読んでんだろ」
 返答が一瞬遅れたのを流して、捲簾はウェイターからグラスを2つ受け取る。
 ついでに、それを聞かれた時に悟浄が苦しそうに目を細めた事も見逃しておいてやる。
「あいつらそんなトコも似てんな。天蓬のヤツも部屋直帰して溜まった本読んでるぜ」
 旨そうに一気にグラスを半分近く空けて、捲簾がガキ大将のような笑みを浮かべる。
 つられて悟浄も口元を上げた。
「やっぱさあ、生きるか死ぬかって場所から生還した後ったら酒だよなあ。訳判らねーよアイツ」
「もしかして天蓬って弱いの?」
「弱点か?」
 捲簾はそれはそれは嬉しそうに含み笑いをした。悪人だ。
「八戒は死ぬほど強えけどな」
「…結局は天蓬もそんなオチだろ」
 ぎゃはははは、と響いた笑い声に店中の人間が振り返った。
 先程の刺々しい雰囲気が綺麗に消え失せていて、女性達は我先にと嬉しそうにカウンターへとやって来る。
「悟浄ーv久しぶりv」
「この人だあれ?男前じゃない、紹介してよ」
「悟浄のお兄さん?」
「は?」
 華やかな集団に囲まれて口元にいつもの伊達男の微笑を浮かべた悟浄は尋ねられた台詞に絶句した。
 面白そうに捲簾が眉を上げる。
「俺?」
「ええ、そっくりじゃない?」
 そうか?と、あしらいながらグラスを口元に運ぶ捲簾を、悟浄はぼんやりと見つめた。
 そういえば、似ているかもしれない。
 大雑把で、いつも笑っていて、そして最後までずっと悟浄の味方になってくれた兄に。
「髪の色変えたら双子みたいよ?」
 そーか?と視線で捲簾は悟浄に聞く。
 どーだろ、と悟浄は肩を竦めた。
 少なくとも性格とムードはかなり違う2人である。
 それでいうなら八戒と天蓬の方がよっぽど似ている。だから却ってお互いの相似については余り考えていなかった。
「悟浄が2人いるみたいで、凄い嬉しいv」
「へー、モテんだなー、お前」
 唇の端を吊り上げて捲簾がからかう。
「良く言うぜ。あんただって相当だろうがよ」
 ただ、今はどうやら捲簾は女性よりも酒、といった心境らしい。いつだってフェロモンとサービス過剰な悟浄に遅れをとるのは仕方ない。
「オネーサマ方のお慰めは得意なのよ、俺」
 ふざけるようにそう口にして、悟浄は捲簾から目を逸らした。
 オネーサマ以外は?と、その切れ長の目が言っているような気がして、悟浄は誤魔化すかのように横にいた女性に良く見ないままキスを仕掛けた。
 キャア、と華やかに女性達が笑う。
「仕事疲れじゃ目に毒かあ?」
「馬鹿言えよ」
 女性の胸元から挑発するようにセクシーに笑った悟浄に、余裕で捲簾は長い足を組み直した。
「普通の仕事じゃねえんだぜ?酒飲んで、ベットが壊れる位のセックスしなきゃ収まんねーよ」
 にやり、と笑った表情の奥に、確かに危険な光がある。
 それを目ざとく嗅ぎ分けて、女性達は更に嬉しそうな悲鳴を上げた。
 が。
「ま、でもそれは後だな。ちょっと席外してくれる?」
 ひらひらと手を振られて女性達は呆気に取られた。
 今の煽り文句は一体何だったんだろうか。
「ちょっとコイツに話があんだよね」
 グラスを持った指で指され、悟浄は女性から身を離そうとしながら固まった。
「俺?」
「っつーかさ、お前が話あるんだろ」
 平然と言う捲簾の口調に、体面を保つ事も忘れて悟浄は苦笑した。
「お悩み相談なんて柄じゃねえんだけど?」
 言いつつも、隣の女性の背を押す。
 しぶしぶと女性達が席を外し出した。
「…アンタこれでこの店のブラックリストだぜ」
「構わねーよ。で?」
 淡々と捲簾は酒の追加を頼んでいく。
「当ててやろうか?八戒だろ。あの天然純白青年」
「純白ねえ」
 ど真ん中で当てられて、悟浄はずるずると背もたれに懐いた。
「いやもう巷では(同人界か)白八戒』『黒八戒』とかってのがブームらしいけど!あいつはもう何ていうの?白すぎて黒いっての?例えるなら『ペールグレー八戒』…」
「何だそのオシャレな心境は」
「もしくは『ロマンスグレー八戒』…」
「ロマンスに釣られてるのかも知れないけどそれ色じゃねえから。もう初老現象かよ八戒。ま、良いけど」
 色彩についての考察は置いておいて、捲簾は運ばれて来たグラスを悟浄の前に置くと、下士官全てに慕われる軍大将の笑顔で彼を見据えた。
「お兄ちゃんに話してみ?」



 そして、やはり悟浄は兄貴分には弱かった。








「こんにちは」
 涼やかな声が耳に入り、それが自分に対しての挨拶だと理解するのに天蓬は半瞬必要とした。
 自販機から出てきた煙草をのろのろと取り、振り返る。
「ああ…こんにちは」
 そう返しながら、じゃあ『おはようございます』の時間は過ぎたのだなと思う。
 天界中に知られた、冴え渡る知性の欠片も無い姿である。
 そんな天蓬の目の前にいるのは何度見ても慣れない自分の顔。
 戦場から直帰して宵のうちからぶっ続けで本を読み漁り、煙草が切れて仕方なく買いに出た、まだ脳内は読書中モードの天蓬とは違って、八戒は規則正しく生活をして近所で買い物を済ませて来たらしい。
「いいお天気ですね」
 冬の柔らかな日差しに透けてしまいそうな微笑を八戒は浮かべる。
「そおですね」
 へら、と今まで天気など全く関知していなかった天蓬が可愛く微笑み返す。
 余りの光景に犬を散歩させていたご近所の方が目を奪われて溝に落ちた。
 今日は天蓬もシャツにちゃんとジーンズを穿いている(むしろ穿いていない方がマシなほどにほつれて穴が開いているチラリズムの具現化であるが)から町内の為にはまだマシだっただろう。
 小さく欠伸をした天蓬に、買い物籠を抱え直しながら八戒が尋ねる。
「随分眠そうですね、夜更かしでもしました?」
「ええ、ちょっと本に夢中になって」
 そんな一般的な形容では追いつかないだろうが、控えめに述べた天蓬に八戒は少し眉をひそめた。無駄に色っぽい。
「じゃあ、もしかしてご飯食べてません?良かったらウチに来ませんか?」
 ぱちり、と眼鏡の奥で大きな碧の瞳が瞬くのを、八戒は微笑んで見た。
 八戒は天蓬が『似ている』というだけでどうしても隔壁を作れない。やや対人拒否の気のある彼にしては珍しいのだが。
 対して天蓬は自分にそっくりなくせに全く違う性質の八戒をどうも苦手に思っている。
 苦手ではないのかもしれない…弱いのだ。
 今回も、天蓬は頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えまして」
 本は読みたいが、一区切りついた事だし。
 戻ったとしたら、どうせまた食べずに倒れるまで読むし。
 他の人からだったら絶対に断る申し出を、天蓬はそう理屈をつけて受けた。
「良かった。悟浄も帰ってこないし、自分の為にだけの食事ってどうもつまらないんですよね」
 その八戒の言葉に、エレベータに乗りながらふと天蓬は捲簾の事を思った。
 そういえば彼も帰ってこなかった気がする。
 しかし、その思いは一瞬だった。
「天蓬、何か嫌いなものはありますか?」
「ありませんv」
 いつもワガママを聞かされている捲簾が聞いたら殺意を覚える位に良い子の返事をして、天蓬は八戒にくっついて最上階のフロアに降りた。



 そして出されたオムハヤシは尋常じゃなく美味かった。
 自分で作る所か手伝いもしない癖に舌だけは肥えている天蓬が文句のつけようも無かったくらいである。
 そうして女王様は至極満足して食後のお茶など飲んでいた。
「キレイな部屋ですね」
 うーん、とソファでしなやかな猫のように伸び、天蓬はそう述べる。
 あんたの部屋よりはな。
「ありがとうございます。僕ね、掃除とか好きなんですよ」
「見習わせたいですね」
 俺かよ!!と、捲簾がいたら叫んだだろう。
 っていうか、まずはお前が見習え
「捲簾もね、掃除したがる割には随分文句言うんですよ。したいなら黙ってやればイイのに、イチイチうるさいんですよね、あの人」
―――――捲簾にも言いたい事があるだろう。
 が、八戒が黙ってしまったのはそう思った為でも、拗ねたように告げ口口調になっている天蓬の小悪魔さにヤられた為でもなかった。
「…仲、良いですよね」
「は?」
 暫くして告げられた台詞に、天蓬は素で嫌そうな顔をした。
「だってほら、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないですか」
「…しない方が仲良いと思いますけどね、普通は」
 空になったカップをローテーブルの上に置いて、天蓬は煙草に火をつけた。
「貴方達の方がよっぽど仲良いでしょう」
「…違うんです」
 その切羽詰った呟きに碧の目を上げると、八戒は両手でカップを持ったまま、濃い睫毛を伏せていた。
 どうも『可憐』やら『儚げ』やらの形容詞が似合ってしまう奴だ。
 その形容詞の全く似合わない天蓬はそう思った。
「本当は僕、悟浄に嫌われてるみたいですし、ね」
 ポーカーフェイスで天蓬は出陣前を思い出した。
 腕でも組みかねない様子で買い物をしていた悟浄と八戒。
『つかまえてごらんなさーいv』並みの笑顔でバックに点描と花びらを撒き散らしながら振り返る八戒。
『待てーえvこいつーうv』レベルでその後を追う光まみれの悟浄。
 バカップルだった。天蓬は結論を出して、ふーっと紫煙を吐いた。
「嫌ってるようには見えませんでしたけどね」
 いやメロメロだった気がする。必要以上に
「あの人は、余り表には出さない人ですから」
 それには異議があったが、取り合えず天蓬は黙っていた。
 八戒はそのまま消えて行ってしまいそうなほど寂しく笑っている。
「でも…僕だって、判ります…」
 苦手な話だ、と天蓬は思う。
 こんなのは2人の間の話であって、第三者が何を言ったって本人達には無駄なのだ。大体において本人達は強固な結論をもう持ってたりするので。
『じゃあもう何しても無駄無駄無駄ですね足掻いてみても無様なだけですから内庭に行ってどこかぶら下がるのに丁度適した木でも探したらどうです?』と完璧な笑顔で一息で言おうとしていた天蓬はどうにか留まった。
 そう言うには八戒はあまりにも繊細で…つまりはやっぱり天蓬は弱いのだ。
「悟浄は人気者だし、友達も多いから…僕はその他大勢の内の1人にすぎないって、思ってはいるんですけど」
「…友達と比べても、比較対照にはならないでしょう」
「そうでしょうか」
 細いロウソクの火が風に揺らめくように、八戒は俯いた。
「だって…僕だけかもしれません…悟浄を」



「親友だなんて思っているのは」



「は?」
 己の唇から煙草が落ちるのを辛うじて天蓬は止め、機械的に灰皿に押し付けた。
「親友?」
 思わず聞き返すと、八戒は哀しそうに上目遣いで天蓬を見上げた。
 子犬のような瞳に天蓬じゃなければ押し倒したかもしれないが、今彼はそれどころじゃない。
「…やっぱり、おかしいですよね、僕だけ親友だなんて思い上がって」
いえ、おかしいですけど、そうじゃなくってですねえ…」
 天蓬はガリガリと頭を掻いた。
 どう見ても八戒はだ。素で、本気で悟浄を親友だと思い、親友のように接し、きっとそれ以上を求められない程無邪気に警戒心なく悟浄に笑いかけたのだろう。
 そして自制する悟浄に、嫌われたのかと庇護欲100%の眼差しを寂しげに送ったのだろう。
 自制しなくても、しても悟浄は悪者だ。
 何て完璧な生殺しだろう、と天蓬は賞賛した。もう捲簾に使うことが出来ないのは惜しいが、見事に強力で凶悪で天然なテクニックである。
「…僕も、まだまだですね…」
「?何がです?」
 ぱたん、と首を片方に傾げて八戒が尋ねる。
 それに答えるように玄関のノブが回る音がした。
 話題の生殺しが帰って来たのだ。
 もう1人つれて。



「たっだいまーっ!お、天蓬がいるじゃん!!」
「珍しいなー!昼間っから本も読まずに飯食ってんのかよオマエ!」
 縺れ合う様に長身の2人が居間のドアから転がり込む。無駄に長い手足が絡まれば少しは余興になるのに、と天蓬は無言で次の煙草に火をつけた。
「随分盛り上がったみたいですね」
 柔らかく苦笑した八戒がさっと氷の入ったグラスを2つ持ってくる。それを片手で受け取り、悟浄は酔いを口実にしてかべったりと八戒に懐いた。
「いやー、潰れそうになったらお開きって言ってたんだけどー、どっちも潰れなくてー、最後は店の方が潰れそーでー」
「強えんだよ悟浄はよー、こいつより強い八戒ってなんなんだよー」
「煩いですね。ガタイ大きい上に邪魔なんですよ貴方」
 もしかしたら本当に仲悪いのだろうかと八戒が普通に思う位天蓬は捲簾に吐き捨てた。
「邪魔なモノも出てきましたし(虫扱い)帰りますね八戒。ご馳走様でした」
 凛とした仕草で立ち上がる天蓬に八戒は苦笑した。
「余りお構いも出来ませんでしたね…次はお2人でゆっくり来て下さい」
「何?もー帰んの?」
 八戒に未だにべったりしながら悟浄が尋ねる。
「そーだなあ…」
 天蓬の進路上に突っ立っていた捲簾はぼんやりと呟いて、ふと悟浄と目を合わせた。
「…見てく?」
「何を」
 見るんですか?と続けようとした八戒は息を呑んだ。
 その瞬間の捲簾の気配の変化に、天蓬は頭よりも身体で反応していた。
 床を蹴った脚を絶妙な間で捲簾が払う。その為に驚く程に鋭い手刀はバランスを崩して泳ぎ、捲簾の長い片手で捕らえられた。
 もう片方の手は天蓬の小さな後頭部を支え、そのお陰でさほど衝撃を受けずにすんだものの、状況は天蓬にとって最悪だった。
 ソファに仰向けに倒されて何時の間にか両手首を片手で頭の上にまとめられ、脚の間には捲簾の身体を迎えている。
 その手際のよさに悟浄が小さく口笛を吹いた。
「アンタ結構場数踏んでるよな」
「…放しなさい」
 低い声で天蓬が下から捲簾を睨み上げる。
 誇り高いキレイな生き物。
 彼は笑っている時よりもこうやって射殺さんばかりに睨みつけている時の方がキレイだ。
 勿論捲簾の方にもそれなりの覚悟と力量が必要ではあるが。
 1度だけ腕を振り解こうとして、すぐに天蓬は諦めた。
 捲簾は見た目ほど酔っていない。
 天蓬も見た目よりは余程強いが、それでも力で敵わない事位良く判ってもいた。
「戦地から帰って、酒を飲んだ後はさ」
 酒の匂いの残る声で捲簾は言う。
 酒精でほんのり上気した頬の上、切れ込むように鋭い軍人の瞳は全く酔っていない。
「ベットが壊れるくらいのセックスだろ」
「…っ!」
 あからさまな台詞に天蓬が暴れた。
 片手で余裕でその全てを押さえ込みながら、空いたもう片方の手で捲簾は形ばかり止められた天蓬のシャツのボタンを外していく。
「珍しいな、抵抗するなんて」
「…ったり前でしょう!ここ何処だと思ってるんですっ!!ギャラリーだっているで…ちょっ、待っ…」
 ばたつかせた脚からジーンズが剥かれ、本気で天蓬は焦りだした。
「…あ、俺達の事は気にすんなよ」
 ヒラヒラと悟浄は手を振った。
「いないと思ってくれる?」
「どうやって!?」
 前をはだけられたシャツ1枚という煽情的な格好のまま、天蓬はキレた。
「放しなさいっ!!この変態っ!!」
「そんなに言ったって、何も出ねえって」
「誉めたんですか!今の!?」
 白い脚が鋭く翻って捲簾の首筋を狙う。
 残像が網膜に焼き付きそうな見事な脚線だったが、捲簾は腕でそれを跳ね上げ、己の肩に乗せてしまうとテキトーに舐めただけの指を後ろに押し当てた。
「…っ…」
 ひくん、と驚くほど可愛らしい仕草で天蓬が竦む。
「…い、ったいでしょう!!ヘタクソ!!」
 暴言はちっとも可愛くない。捲簾は脚を乗せたままの肩を竦めた。
「取り合えず抜き差しならないトコまで持ってっちゃいたいんだけどさ、オイルとか有るか、悟浄」
「あー、キッチンに行けばオリーブオイル位あんだろ。味付けには良いんじゃねえ?」
 長い足で大股に悟浄はフロアを横切り、すぐに片手に小瓶を持って来た。
 サンキュ、と受け取って捲簾は片手で器用に蓋を開けると指に絡める。
 その金褐色の液体を見上げて、とうとう天蓬は諦めた。
 快楽に弱い自分の体がどうなるか、聡明な天蓬は判っている。
「…覚えてなさい、捲簾…」
 呪うかのように呟くと、体の力を抜く。それが合図かのように手首を戒めていた捲簾の指が離れ、ほつれた前髪が天蓬の白い胸元から下腹部へと滑って行った。
 自分の内部がずるり、と入ってきた捲簾の指を締め付けるのと、捲簾の唇が自身を包み込むのが同時で、天蓬は高い悲鳴を洩らした。
 眼鏡を奪われる寸前にどうしても気になって、ちらりと向けた視線の向こうで、後方から悟浄に支えられるようにして立っている八戒が硬直しているのを見て、ちょっとだけ心配した。

エロに続く