×
爆弾横恋慕
長安の街並みを見下ろす高級マンションの1室。
窓からは国内有数の規模を持つ名刹が黄金の伽藍を並べ、西日が差し込んだりすると実は有り難くもウザイ輝きで眼を射ったりする眺望だ。
そのワンフロアに4人の男がいた。
露出度の低い順に、八戒・悟浄・捲簾・天蓬である。
ちなみに白いシャツの前ボタンを第1まで止め、黒のニットベストと黒のパンツを合わせているのが八戒。
素肌に白のニットパーカーを前ファスナー全開、ジーンズなのが悟浄。
この時点でかなりのはだけっぷりだが、この部屋の主たる2人は裸族である。
デニムのオーバーオール1枚以外何も着ていない捲簾。しかも肩紐の1本は脇に垂らしてて肩の噛み跡見放題
さすがに某ホンジャ○カの石○とは違うオーバーオールの着こなし様だが、人としてどちらが正しいかは難しい問題である。
そして天蓬は、黒革のベストに黒革の短パン。黒革の手袋。
ありえない
現在の季節がだという事を忘れさせる光景だ。
4種4様の姿で、彼らはお茶の時間を楽しんでいた。
ちなみにブルーベリーのパイを焼いて来たのが八戒。それに紅茶を薫り高く淹れたのが捲簾。運んだのが悟浄で、その間煙草をふかしていたのが天蓬である。
「凄えな、こーゆーのも作れんだ」
 感心しながら手についた赤黒いソースを舐める捲簾に、悟浄は胸を張った。
「八戒は何でも作れるんだよ。店で食うより美味いだろ?」
「何でお前が威張るんだよ」
 捲簾にド突かれて悟浄は楽しそうに笑い声を上げた。元々お兄ちゃん子だった彼である。捲簾の兄貴っぷりに随分と懐いたようだ。
「でもマジ美味…天!テメエ茶あ飲む時位は本やめろっての!」
 捲簾に叱責され、のろりと天蓬が顔を上げる。あからさまに反省していない
「あ、動かないで下さい」
 その口元にブルーベリーソースが付いているのに気付いて、八戒が天蓬に体を近付けた。
 細い指が優しく唇に延ばされても、天蓬は長い睫毛で眼鏡のレンズを裏からゆっくり掃きながら無防備に任せている。
「はい」
 似た顔に酷く柔らかい微笑を向けて八戒はOKを出した。
「ありがとうございます」
 無表情ながらも天蓬は礼を述べる。
 この時、バックに点描と花が浮かんで見えた。完全にクリスチャン系女子高の世界である。
 悟浄と捲簾は一部始終を何となく黙って見守ってしまい、部屋に不思議な沈黙が降りた瞬間。


 ぴんぽ―――――ん


 沈黙を破るチャイムの音に、捲簾が顔を上げると同時に音もなく立ち上がった。
「ちっと出て来る」
「ういー」
 ソファの背中越しに返事して、悟浄は長い足を持て余すように組み替えた。
 目の前の八戒は同じ顔=気安い(この方程式自体どうかと思うが)天蓬に『もう1切れいかがですか?』とパイを口元まで持って行き、頓着しない天蓬も平然とそれを咥え、上目遣いで八戒を見たりしている。
 見惚れるというのもどうかと思うが、嫉妬する気にもなれない
 
というかこの妙なムードは何なんだ
 独り世界に取り残された気分の悟浄に、待ちかねた声が届いた。
「悟浄の客だったぞー」
 ドアを開くのと同時の捲簾の言葉が意外で、悟浄は深紅の髪を散らして勢い良く振り返った。
「え!?俺!?」
「久しぶり――――!!」
 その首筋に腕が回り、飛びつかれたのは一瞬だった。
 薄い色の髪の毛しか見えない。
 オイ待てよ八戒っていう本命の前だぜどこで会ったか知らんけどこーゆーのは酒場かせめて八戒のいない所で…って、ちょっと待てよこの腕この胸この重さ野郎じゃねえか(0.003秒)
「え?違うのか?」
 のんびりと捲簾が煙草に火をつける音がする。
 うわ他人事じゃん冷たくねえソレ野郎に抱きつかれちゃってる俺の立場ってどうよっていうか誰こいつ前の町にだってこんな真似するようなヤツいたっけオイ(0.002秒)
 そこまで考えて、悟浄はやっと声を出せた。
「誰だテメエ!!離せ!!」
「誰って?うわあスゴイ薄情だねえ」
 バッと離れた相手は大きな目を更に丸くしてにっこり笑った。
 その半顔を覆う、整っているからこそ無残な印象すら残る痣。
 それでも悟浄は一瞬判らなかった。
 忘れようとしていた努力がその一瞬だけ報われたらしい。
 しかし、あくまでも一瞬だけだったが。
「!!」
 判った途端、悟浄はソファを蹴って逃走した。
 その足首に数珠が絡み、そのまま床に叩き付けられる。
「逃がさないよ?」
 青年の無邪気な微笑が凶悪に見えた。
 いやそれよりも前に、すぐ側にある天蓬の生フトモモが気になってマトモに見れないのだが
「悟浄!」
 さすがに八戒が床に膝をついて、数珠を外すと庇うようにその頭を抱いた。
「何ですか貴方は。悟浄を傷つけるのは許しませんよ」
「悟浄口笑ってる」
 捲簾の小声の指摘に慌てて悟浄は口元を引き締めた。
 普段はわざとじゃねーか、という位鈍感でのほほんとした八戒でも、やはり悟浄が大事で、こんなに毅然と立ち向かってくれるのだ。
「おにーさんこそ何?」
 青年はむくれて頬を膨らませた。
「僕と悟浄はねえ、10年も前から友達だったんだから」
 抱き締めていてくれてた腕がピクンと震えるのを悟浄は感じて、慌ててフォローした。
「誰が友達だ!!10年前にちょっとだけ一緒にいただけじゃねえか!!」
「同棲したじゃない」
一桁の年のガキ同士にその台詞があるかっ!!テメエが俺を監禁したんだろうが!」
「いきなりいなくなっちゃったから、僕凄く心配したんだよ?」
 その口調は本物で、悟浄は詰まってしまった。
とりあえずその辺の魂奪って見たけどいなかったし…
「オマエのそーいう所について行けねえんだ―――!!」



 悟浄が諸般の事情から独りで暮らすことになって未だ日が浅い頃。
 生まれた町から追い出されるようにされ、生来の手先の器用さとカンの鋭さでスリを重ねて金銭を得、生き延びてはいたが、まだその年では女性のヒモになるのも賭けで収入を得るのも出来ずにかなりピンチだった頃だった。
 街で、1人の少年にいきなり声を掛けられた。
「あそぼ?」
 はっきり言って遊ぶ処じゃなかったのだが、その子供はしつこく家に誘い、諦めた形で悟浄はついて行ったのだ。
 その家は非常識にデカかった。
 なんでも少年は偉い偉い人の弟子で、先生はどっか別の所に出掛けてしまって、独りで寂しいらしいのだ。
 衣食住、取り敢えずは確保出来た。その事に悟浄は安堵して、珍しく子供同士で一緒に遊んだりした。
 しばらくは楽しかったと思う。少年は可愛い顔立ちを更に嬉しそうにキラキラさせていたし、悟浄も何だか弟を持ったようでくすぐったかった。
 だが、ある日その家に悟浄が居るのを知った男達が乗り込んで来た事があった。
 悟浄にサイフを擦られた男達が、引渡しを迫ったのだ。
 隠れようと提案した悟浄を庇い、少年は堂々と姿を見せた。
 そして。



「あの時だってオマエ、何か握ったと思ったらオヤジ2・3人蜂の巣にしやがって!!なんだよあの技はよ!挙句の果てには断末魔の声出してるオヤジのトコ行って『ああごめん、BB弾が中に残っちゃったんだ』とか言って素手で肉抉るしよ!?そりゃガキも逃げるだろ普通!!」
「だってアレは悟浄が虐められると思ったから…」
「イヤ、悪いのはどう見ても俺だし。それにオマエ倒れたオヤジの頭踏みつけてたじゃねえか!アレも俺の為か!?」
「だって悟浄を虐めようとしたから」
「じゃあ、オヤジのショールを剥いでたのも俺の為か!!」
「あ、それは僕。肩掛けモノって好きだから
「結局オマエの趣味じゃねーか!?」
 肩で息をつく悟浄の耳に、微かに麗しの吐息が聞こえた。
「うるさいですねー、読書がはかどりませんよ」
「この状況を察して台詞吐けよ天蓬!!」
 更に叫ばれて、苛々と天蓬は足を組み替えた。その途中で白いおみ足が悟浄の赤い頭を蹴っ飛ばしたように見えたがきっと不幸な事故だろう。
「で、貴方は今更何でわざわざ来たんですか?」
 根本的な説明を求められて、青年は首を傾げた。
「うんとね、僕先生の後を継いだんだけど、また独りになっちゃって。家もお城みたいに凄くしたんだけどちょっと交通の便の良くない所に建てちゃってやっぱり誰も来なくって。前みたいに悟浄と遊ぼうと思って探したらこのマンションに住んだって判ったから、僕もココに住むことにして、で、そのご挨拶」
何だと―――――!!
 悟浄は魂から絶叫した。
「な、何で住むんだよ!!止めろよっ!!」
「もう契約しちゃったもん」
 悟浄はもう言葉も出ない。
「とゆーわけで、そこのお兄さん、悟浄から手を離して」
 八戒は青年を見上げると、


 あっさり悟浄から手を離した。


「八戒――――!!もっと、『誰も貴方にあげるなんて言ってないじゃないですか』とか言ってくれよ!!」
「だって」
 悲しそうに、八戒は目を伏せた。
「10年ぶりにお会いしたお友達でしょう?話したい事とか、いっぱいあるんじゃないですか?」
「お前俺の話のドコ聞いてた…?」
 悟浄は床にめり込むんじゃないかと思う程脱力したが、八戒はボケだし、天蓬は読書に戻りたがってるし、捲簾は楽しげに見守っているだけである。彼が孤軍奮闘しないと自分の身すら守れないサヴァイヴァルな状況なのだ。
 気持ちを落ち着ける為に深く息をつくと、悟浄は八戒の細身をぐいっと抱き寄せた。
「え?ごじょ…」
「いいか、テメエ!!」
 青年に、ビシっと指を突きつけて悟浄は宣言する。
「俺は今八戒と同棲してんの!オマエの入る余地は全く、これっぽっちも、全然ないの!俺が大事なのは八戒!オマエと遊んでる暇はねーんだよ!判ったか!!」
 青年は立ち竦んだ。
「うわあ。便乗告白だぜ情けねー」
「っていうより便乗にすら踏み切れてない辺りがヘタレですねえ」
「その2人!!こういう時だけ仲良く口出すな!!」
  

「…判ったよ」


 ポツリと呟かれた台詞に、悟浄の顔が輝いた。
「もう、悟浄には友達がいるんだ」
「そうそうそうそうそう」
「じゃあ、僕は悟浄の恋人になる」 
 台詞の恐ろしさに便乗して、青年の座りきった目元が更にホラーだった。


 今度の逃走も、やはり数珠に邪魔された。
「オマエ、どうしてそう発想が不思議なんだよ!!」
「大丈夫。僕に任せてよ。まずは道具で慣らしてあげるから
 師匠から何を受け継いだのかという疑問を抱かせる声と共に、悟浄の足に絡んだ赤い珠がズルズルと動き出した。
「これ数珠じゃないのか!?」
「先生から受け継いだアナ○ボール
「そんなの身体に巻くな――――ッ!!」
 叫ぶ間にも悟浄の身体は身動きが取れなくなっていく。
「うわあ・・・悟浄受ですよ」
 天蓬が吐き捨てる声がする。嫌なら是非止めてくれと悟浄は言いたい。
ちょっとだけだよ?
 意味不明な台詞と共にその手に物体が召喚されていく。もしかしたら今のが召喚呪文なのかもしれない。
「ソレは何だ――――!!」
「独鈷所のこと?」
「違う!!その形状はあからさまに違う!!」
 明らかにバ○ブを握って、青年は純真な微笑みを浮かべた。
「ふーん、スゴイ形ですねえ」
 天蓬、興味を示す所が違う
 窮状に陥ってる悟浄を見もせずに、青年の片手に手を添えた。
 止める為ではないらしい。
「そお?お兄さんこういうの興味ある?」
「はい」
 マジ顔で天蓬は頷く。○イブを辿るその細い指の動きを見ただけで不覚にも悟浄は若干前屈みになった。
「こんなのもあるよ?」
 得意げに青年は宙から瓢箪のような形状の物を取り出した。
「使ってみる?」
 こそこそと使い方を耳打ちされ、天蓬は頷くとためらいもせずにソレを上官に向けた。
「げ!!」
 しゅるん、と伸びた触手を間一髪で捲簾が避ける。2本目、3本目と流石の反射神経だ。
「触手ですねえ」
「早く止めろこのアホ元帥!!」
 にこやかに微笑んだまま、天蓬の美貌に『絶対止めねえ』の文字が浮かんだ。
 しかし、悟浄は己の窮地も忘れてその光景を見ている。
 何故なら


クククク、沙悟浄。貴方今この触手を使って猪悟能を拘束し、弄る妄想に囚われましたね・・・
ああ!そんな!嫌がる悟能の口を淫らな触手で塞いで、前から後ろから同時にだなんて・・・っ!


 新しい声に悟浄はがっくりと脱力した。
 己の命日はどうやら今日らしい。
「花喃!!」
 悟浄の現状を忘れて、八戒が嬉しそうに姉の名を呼ぶ。
「お久しぶりね、悟能、みなさん。悟能にお客様がいらしていて、ご案内したんです。勝手に入ってしまってすみません」
 ふわり、と花喃は笑った。
「いやそれより俺は男である八戒がどうしたら同時に前から後ろから出来るかが知りたい・・・」
 捲簾が呟く。触手攻撃は余りの乱入者に天蓬が止めていた。
「僕に、お客さんですか?」
 今日は来客が多いなあ、と八戒は姉の元へ歩み寄った。
 花のように微笑む花喃の横には青白い顔の薄い色の頭髪をした青年。
 糸のように細い瞳と尖った耳。
「久しぶりですね、猪悟能・・・」
「・・・貴方は・・・」
 八戒は碧の瞳を片方だけ細めた。


「誰でしたっけ」
「イヤ、まあ原作でも忘れられてましたけどね我は」


「もう、忘れっぽいんだからこの子は」
 花喃が取り成すように青年の袖を握った。
「ほら、私が監禁された百眼魔王の息子さんの・・・」
「ああ、すみません思い出しました。清一色さんでしたね、姉がお世話になりました」
「・・・一族皆殺しにした方にそんな当たり障り無い丁寧な礼をされてもね・・・」
 清一色は若干肩を落とした。やはりこの姉弟は最強だ、と悟浄達は再認識する。
「あれ」
 そこで何かに気付いたように八戒は首を傾げた。さらり、と眼に掛かる前髪を払う手付きも優雅である。
「でも、貴方僕が殺しませんでしたっけ?」
「本当ブラックな事平気で言いますね貴方。
ええ死にましたよ。今の我は式神です」
 淡々と流れる会話の怖さに悟浄は縄抜けを忘れて凍りついた。
 天界でおはようからおやすみまで暮らしを見つめる観世音(ストーカー)の横で一部始終を見守っていた次郎神は恐怖の余り防災頭巾を被って机の下で震えているが、まあそんな事は彼らにはどうでも良い
「城にも火を放って相続税対策も万全です。邪魔な係累も居ないので遺産は我が手に全て入ってきましたよ。そうして得たお金で我はこのマンションに住む事にしました・・・」
 普通のヤツは来ないのか。
 そこにいた全員が思ったが、全員普通ではないから仕方ない。
「そう・・・猪悟能・・・貴方に会うためです・・・」
 清一色が薄い唇を長い舌でチロリと舐めた。
「貴方を・・・壊したい・・・」



だ――――ッ!!!


 突然悟浄は叫ぶと数珠(ではなかったのだが)をぶっちぎって立ち上がった。
「どうしたんです悟浄!?猪木の真似ですか!?」
そんなのはどうでも良いんだよ!!帰るぞ八戒!!」
 悟浄の眼は今や白目まで紅い。完全に血走っていた。
「こんな奴らに付き合ってられっか!!俺はここで八戒と平穏に暮らすんだ――――ッ!!」
 ちょっと同情しそうな台詞を吐き、悟浄は八戒を小脇に抱えると足音も高く自室へと爆走してしまった。
 誰一人ブチ切れた悟浄を止められない。
「おかまいもしませんで・・・」
 捲簾が小さく呟く声で、残りの者達がやっと我に返った。
「あああっ!逃がしちゃったっ!!」
 青年ががっくりと床に膝をつく。
 まだ瓢箪をいじり回していた天蓬がそんな青年に視線を落とした。
 薄い肩を竦めて清一色も背を向けかける。
「・・・今日の所は顔見せだけにして、我も部屋に帰りましょうかね・・・」
「部屋、ドコなん?」
 煙草に火をつけて捲簾が尋ねる。変質者に対しても物怖じしない人だ。
「この下の階ですよ。1フロアに2つ居住スペースがありまして」
「僕がお隣なんだよね」
 床に膝をついて俯いたまま青年が言う。かなりデンジャラスゾーンなフロアだ
「ふーん、ちょっと見せてもらっても良い?まだ片付け中?」
「良いですよ。余り荷物はないですし」
 捲簾と清一色が肩を並べて出て行く。嫌なツーショットだ。
「私も失礼しますね、天蓬さん。ごきげんよう」
 更に同じ顔の女性にまで出て行かれ、天蓬はソファに沈みなおすと瓢箪を持ち主へと返した。
「ありがとうございます」
「うん」
 まだ俯いたまま青年は受け取る。天蓬はテーブルから煙草を取り上げると慣れた手付きで火をつけた。
「・・・お兄さんの煙草、それ良い匂いするね」
「吸うと結構キツイですけどね。吸ってみます?」
 天界人が血眼になって所望する『元帥の吸いさし煙草』を前にして、やっと青年は顔を上げると首を横に振った。
「ううん。いらない。だって味は葉っぱ燃やした味でしょ?」
「その通りですよ。賢明ですね」
 大きく煙を吐き出して、天蓬は青年から眼をそらしたまま言葉を続けた。
「貴方本当にあの悟浄を犯したいんですか?」
 言葉を選べ。元帥
「・・・別に」
「遊んで貰いたいならそう言えばいいでしょうに。あの男は小心者で俗物で甲斐性無しですがやや良い所もありますから、そう言えば何だかんだ言っても遊んでくれますよ。遊び相手が欲しいだけならさっき居たでかくて頭黒いの、あれなんか阿呆みたいに遊んでくれるでしょうし」
 青年はじっと天蓬の美貌を見つめた。何かしら考えてるらしい。
 かと思うと、緩く首を横に振った。
 子供っぽさの無い動作だった。
「・・・悟浄には遊んで貰いたいんだけどね、やっぱ違うんだ。僕はね、悟浄に一番思ってて欲しいんだもん」
 大きい瞳が泣きそうに歪む。それでも涙が出てくれる程には彼も子供ではいられなかった。
「僕は悟浄の事ばっか考えてる。だから悟浄にも僕のこと考えてて欲しいんだ。それだけなんだよ。簡単でしょ?」
「難しいですよ」
 天蓬は無表情のままそっけなく告げる。更にマジマジと青年は天蓬を見上げた。
「お兄さん、頭良さそうだよね」
良いですよ
「それでも難しいの?」
 ええ、と頷いて天蓬は煙草を灰皿でねじ消した。
「世の中難しい事ばっかりでムカツクんですよ。だから僕は判ることだけを選んで知識にしています。それだけですよ」
「そっかあ」
 青年は膝を抱えなおして俯くと、言葉だけなら簡単なのにね、と呟いた。
「お兄さん、名前なんていうの?」
「天蓬です」
「タン○ン?」
「真面目な顔で人の名を生理用品にしないで下さい
。天蓬です・・・貴方は?」
「カミサマ」
「・・・嫌な名前ですねえ・・・」

「ねえ天蓬、さっきの話だけど」
 さっそく呼び捨てかよ、と天蓬は思ったが黙っていた。向こうの名前が『カミサマ』と言うのならこっちは嫌でも様付けしなければいけないのだが。
でかくて頭黒いの、あの人も天蓬の事を一番思ってるんでしょ?じゃあ、遊んでくれてもやっぱりちょっとつまらないよね」
「・・・それはどうでしょうね」
 それ以前と全く変わらない口調ながら、カミサマ(仮)は膝に埋めていた顔を上げた。
「違うの?」
「他人の事なんて判りません。だから判ろうとしない事にしてます。自分の事だけでも判るようにはしてますけれど、それで精一杯です」
 珍しく饒舌になっている自分を、天蓬は自覚した。
 愚痴るつもりも、落ち込む余裕も切り捨てているつもりだけれど。
 悔しいくらいの余裕の無さがやはり、時には心苦しい。相手は全然そう見えないから余計に悔しい。
「やっぱり、難しいね。どうして思ったようにいかないんだろう」
 カミサマは天井を見上げ、つられて天蓬も天井を見た。
 そこにはただの壁。
「ねえ、物知りな天蓬」
「何でしょう」
「カミサマって、本当にいるのかな」


 その天井より更に上から自分達は確かに降りてきた。
 でも、やっぱり思ったようにいく事なんて、簡単な事しかない。
 本当に、少ない。


「いないんじゃないですかね」
「・・・良かった」




 そしてその頃。2人が仰いでいた天井の更に上のフロアで、頭に血が上っていた悟浄は、微かな八戒の声に瞬時に頭を冷やしていた。
「悟浄・・・痛・・・」
「あ、悪いっ!!」
 強く掴んでいた腕を慌てて放して、悟浄は顔をしかめた。
「ワリ、俺加減しなかったから、ずっと痛かっただろ?ごめん、ごめんな」
「いいんです」
 悟浄にずっと掴まれていた部分の腕を反対側の手で握って、八戒は酷く安心したように微笑んだ。
 悟浄の眼をいつも奪う磁力のある微笑。
「あの人・・・清一色から、僕を守ってくれたんでしょう?悟浄、貴方はいつもそうやって僕を引っ張り上げてくれるんですね」
 幸せそうに細まった翡翠の瞳に、思わず悟浄は腕を伸ばす。
 肩に両手が置かれても、その手が強い力で抱き寄せても、八戒は抵抗しなかった。
 悟浄の鎖骨の辺りで、安心しきったように細い吐息を漏らす。
 反対に悟浄はガチガチに緊張していた。
「貴方は、大丈夫ですか?あの人に縛り上げられていたでしょう?」
「俺は、大丈夫」
 声が上ずる。
 それにちょっと心配したのか、八戒は心持ち身を離して悟浄を見つめた。今まで無い程の至近距離で、濃いまつげがやけにゆっくりと瞬かれる。
 瞳は底が見えないほどに深い緑。
 仰ぎ見る格好のため、心持ち開いた唇は血の色を透かせて柔らかそうで。
「悟浄・・・」
 それが動く誘惑にこらえられず、悟浄はゆっくりと己の唇を寄せていった。



「・・・っていったら、キスくらいはするだろ―――がよ!?何で?何であんな良い雰囲気でいきなり『じゃ僕風呂釜洗ってきますね』なんて言える訳?しかも逃げの口実じゃなくて素で。俺は風呂釜に負ける男なのかよ!!」
「・・・あいつの天然さは今に始まった事じゃねえだろ」
「で、何で我が悟能と貴方の痴話喧嘩の愚痴を聞いてるんでしょうねえ」
 数分後、悟浄は風呂を掃除し始めた八戒を置いて、捲簾のいる清一色の部屋に上がりこんで叫んでいた。
 被害者はどう見ても清一色だ。
「風呂釜に比べたら俺のほうがスレンダーだし、テクニックだって上だって自信は有る!!」
「お前自分が何言ってるか判ってる?」
「風呂釜のテクニックって何なんでしょう。素で知りたい気もします・・・」

 仕方ねえなあ、と捲簾は何やら奥に引っ込んでいく。悟浄は途端に清一色に絡みだした。
「なあ、俺のドコが駄目な訳?あいつには俺じゃ駄目な訳?」
「いえ、貴方も充分立派ですし、悟能のオオボケさはあれはあれで可愛い所だと割り切って・・・って、なに慰めてるんでしょう我。もしかして物凄くイイヒトなんでしょうか」
「お前いいヤツだよ!!」
 悟浄が力いっぱい清一色を抱き締めた。扼殺しそうな勢いである。
 捲簾が入ってこなかったら2度目の死を迎えていたかもしれない。
「ほら、清一色が良く見ると白目剥いてるぞ。絡んでないでまあ飲めよ」
 ドン、と置かれたのは一升瓶。
 悟浄が感激したように捲簾を見上げた。
「そーゆー時は、とりあえず飲むんだよ。こう見えても俺はお前よりは生きてるんだからな。(当然)年長者の意見には従って、大人しく酒盛りと行こうぜ」
「大将――――――!!」
 悟浄が今度は捲簾に抱きつく。これもやや微妙な絵面ではある。
「・・・捲簾、貴方どうして今日初めて来た我の部屋で酒瓶の在り処が判るんです・・・しかもそれを飲む神経って・・・」
「か―――ったいコト言うなよ!!ほら飲めっての!!なんか虫入ってて滋養強壮って感じじゃねえ?」
「・・・我の一族が・・・・」



 取り敢えず、今日一日はこうして暮れる。
 それもまた日常となる冬の一日。
マンションの人数増やしてみました(また嫌な人選だよ・・・)ますます人外魔境となってくるこのマンション。そして阿呆度もますますup・・・。