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素晴らしい日々

 発端は、忘れもしない11月だった。
 


「ってゆーワケでー、俺達一緒に住もうかなって話になってー」
 報告を受けて三蔵の秀麗な眉間に『毎度おなじみ皺』が2本ほど寄った。
 三蔵じゃなくても、はにかむ新妻(誰)の肩を寄せんばかりに同棲宣言をする悟浄を見たら銃の安全装置を外した挙句に発砲の2・3発位許して貰いたくなるだろう。
 眉を顰めて伏目がちに煙草でも咥えてればフェロモン放出する位セクシーなイイオトコである悟浄だが、今や幸せのゼッチョーに顔面筋肉が残らず弛緩し切っている。
「定期的に、こちらへは出頭しますので…」
 物騒な台詞を吐いて、八戒も柔らかく微笑んだ。寺院にいた間には滅多に見せなかった、安心しきった表情である。
「まさか、コイツを寺院に隔離してなきゃいけない、とか無えよな」
 返答の無い三蔵に、悟浄の紅い瞳がすうっと細まる。『八戒を縛り付ける奴らは許さない』と、真剣になるのを嫌うはずの男は眼で威嚇した。
 三蔵が返答しないのは、その馬鹿馬鹿しさに呆れて物も言えず、おまけに今の『コイツ』なんて代名詞に更に耳に蓋を閉めて現実逃避したいだけなのだが。
「悟浄…」
 制するように、八戒が悟浄の皮ジャン越しに胸に手を添える。『大丈夫です』『でも…』『本当に大丈夫ですから』『オマエがそー言うなら良いけど』『ありがとうございます悟浄』という一連の目での会話をうっかり翻訳してしまい、三蔵は更に喋る気を無くした。
 とは言え、何も言わなければこのバカップルは延々と此処、三蔵の執務室でイチャイチャし続けるだろう。
 頭脳明晰でもあらせられる三蔵は、端的に回答をした。
「勝手にしろ」
 2人の顔が同時にほころぶ。悟浄は短くなった髪をしきりに掻き回し、八戒は知らず詰めていた息をついて微笑んだ。
 勿論三蔵はもう見ていない。机の上に投げ出されている権利書などを意味もなく捲っていた。
「え…」
 口をはさんだのは、今まで大人しく事の成り行きを見ていた子猿だった。
「八戒、悟浄んトコ行っちゃうの?」
 大きな金瞳がゆらゆらと揺れて八戒を見上げている。
 そういえば、随分懐いていたなと三蔵は思い出した。
 三蔵は執務で忙しく、悟空を連れ歩く事の出来ない業務も多々ある。
 悟空は、そんな時いつも独りだった。
 寺院は異端の子供に冷たく、完全に『そこに居ない者』として扱っている。
 そんな悟空を、八戒だけは優しく迎え、あれこれ世話を焼いていた。
 八戒も、殺戮者として拘束される中、変わらず懐いてくれる子供に心を開いていたのだろう。今もちょっと眉端を下げて、悟空の前に屈み込んだ。
「また、来ますよ。悟空もお許しを頂いたら来て下さいね」
「…」
 悟空は黙り込んでしまった。
 八戒が、嬉しそうだったのは、悟空としても凄く嬉しい。でも、悟浄の家は長安から随分遠い。
 そうそう、遊びに行く事は出来ないのを、悟空は判っていた。
「おい、赤河童」
「俺かよ!?」

 酷い呼ばれように悟浄は唖然としたが、三蔵は完全に無視して今捲っていた書類を数枚引っ張り出した。
「テメエ、この間誕生日だったな」
「何?三ちゃんったら、俺の誕生日覚えててくれたの!?」
「この間ココに八戒は何処だって阿呆面して飛び込んできた時に俺の卓上カレンダーに油性赤マジックで花丸付けた挙句に汚ねー字で『ごじょうさんのたんじょーび』ってオール平仮名で書き込まれれば嫌でも目に入るんだよアホ河童」
 一息で言い切って、三蔵は書類を悟浄に突き出した。
 呑まれて悟浄は大人しくそれを受け取った。
「ナニ…これ」
「ここから徒歩5分の超高級マンションの権利書だ。名義は架空だが」
 それって脱税じゃないだろうか。
 うっすら思いを馳せる八戒の前で、悟浄は長い睫をパチパチと瞬いた。
「え…」
「ソコにでも住んでろ。テメエのおめでた頭の沸いた祝いだ。それに…」
 三蔵はマルボロを咥えると、処分から救って長く面倒を見てきた八戒に目を移した。
 唯一敬愛する師匠にも似た、薄い微笑を浮かべる美人。
「持参金代わりだ。取っとけ」
 何で俺が花嫁の父代理みたいな事をする羽目になったのだろうか、と三蔵は珍しく酷く落ち込むのだった。




「天蓬!いつまでタラタラしてんだよ!」
 バアン!!と音を立てて天蓬の部屋の扉が内側の壁まで当たって跳ね返った。廊下では黒づくめの軍服姿の捲簾が長い片足を上げたまま立っている。どうやら蹴りつけたらしい。
「ちょっと待って下さい」
 平然と天蓬は答えて、捲簾に背中をむけて何やら探している。
 軍服は着用している所を見ると、出陣だって事は覚えてるんだな、と捲簾は思った。
 この間は『出陣時刻を1時間遅らせます』なんて突然通達して来て、緊急作戦変更かと思って迎えに行ったらソファの上で『コミケットカタログ』読んでいたような元帥なのである。本に熱中して出陣に遅れる副官など前代見問だ、と捲簾は常識的な事を考えたものだった。
「ナニしてんの?」
「大将印を…あ、あった」
 ポン、と書類に自分の判を押されるのを、捲簾は止められなかった。
「…テメ、今何に押した…」
「軍事拠点ですよv軍事拠点。こう毎回つまらない天界に帰って来るのも厭きましたし」
「軍事拠点って…下界にか?」
「そうです。大丈夫。維持費は軍事費から落としますからv」
 嬉しそうに微笑む天蓬の美貌に今更丸め込まれる大将ではない。
 剥き出しの額に怒りマークが浮かんできた。
 それを見て取って、天蓬は平然と微笑み続ける。
「だから!軍を私物化すんじゃねえって言ってんだろうが!!」
「酷い言い方ですねー。まるで僕が横領でもしてるみたいじゃないですか。人聞き悪い」
「してんだろーが実際!」
 いや、いいからお前ら出陣しろよ。 
 言い合いは2人の上官を迎えに来た下士官が止めるまで続いた。



 天蓬がその後ドサクサに紛れて提出した転入届。
 その住所は長安のとある高名な寺院から徒歩5分の位置にあるマンションだった訳で。




 そして物語はここから始まる。

まだ本当に序章。ジャンルミックス好きの私の本領発揮か。