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008. 見知らぬ君と

「あのさあ」
 帝都中心部に位置する高級ホテルの1室で、ナタクは小さな身体を半分ソファに埋もれさせた状態で目の前の長身2人を見上げた。
「アンタ達、どうやって知り会ったの?」
 興味津々で尋ねられ、捲簾と焔は顔を見合わせた。



 今日は下見も犯行も無いオフの日で。
 天蓬は豪華なこのスイートルームを『防音完備だから』という理由で借りて、一室に篭もって何やらまた怪しい発明品を作っている。
 手伝う事も出来ず、彼の集中力を妨げるからと別の部屋に退散し、暇なので闘神ナタクを呼んで優雅にお茶などしている捲簾達であった。
「俺と焔がまず会って…天蓬に会ったのはずっと後だなあ」
「そーなんだー。仲良いもんなあ」
 ナタクが納得する。不意に焔が色違いの瞳を捲簾に流した。
「お前と出会えた事が、俺の運命を変えたな」
 真っ直ぐ眼を覗かれて言い切られ、捲簾はセットしていない、下がったままの前髪をガシガシ掻いた。
 この男は口下手で寡黙(1部分除く)な癖に、そんな気がない時に異様に雰囲気を作る。
 俺に良いムード作ってどうするんだ、と捲簾は思うが、これが懐きにくい焔の貴重な親愛表現だと判っているので、まあ放っておく。
「初っ端から俺がお前を巻き込んだよな」
 捲簾は思い出して小さく笑う。
「それ以来巻き込まれっぱなしという訳だ」
 珍しく軽口を叩く焔に、ナタクは身を乗り出した。
「え、どんな感じで会ったんだよ」




 そこは、非合法の軍事施設だった。
 焔はもうずっとそこに匿われていた。
 生まれながらに身についている『闘神』レベルの能力。それにここで開発された大剣-----余りにも切れ過ぎ、そして重い為に彼しか扱えない剣-----を装備すれば、焔に敵は無かった。
 禁忌の結びつきの両親を殺され、そのまま加害者である裏組織に連れて来られた焔はここで様々な研究材料となり、不殺生を破る有能で便利な道具と成長した。そうして生きている事に何の疑問も無かった。大体疑問を持つという行為が焔には判らなかった。
 そこにある日。
 捲簾が来たのだ。


 正規軍である西方軍の軍服を身につけたまま連れて来られたその長身の男は、無表情のまま廊下で焔と擦れ違った。
 その拍子に上げられた、刺し貫くような強い瞳の力に、動じることの無いはずの焔は息を呑んだ。
 捲簾は、まず全ての者が目を逸らす、禁忌の金と青の2色の瞳に視線を合わせ、そして面白そうに口端を上げた。
「…アンタ、血の匂いがするな」

 傍の者に促されて先を歩く捲簾の背中を視線で追いかけて、焔も踵を返した。
 捲簾も、同じ匂いをさせていた事を、焔も嗅ぎ取っていた。

 その後、施設の内部で流れた捲簾の噂は、そういう事に疎い焔にすら直ぐに伝わった。
 そもそも育ての親に、戦闘能力のみを執拗に叩き込まれていた捲簾は『不殺生』という天界人の第一ルールすら知らないまま成長していき、裏世界では有名な存在にまでなった。
 依頼を受ければどんな事も行う、とその手腕と残虐な冷静さを恐れられた捲簾は、依頼により遂には育ての親をも殺し、そして噂を聞きつけた西竜王に配下として取り込まれたという。
 手元において、彼を道具のように使用する者達から捲簾を守ろうとした西竜王だったが、彼の人格形成を叩き直す前に捲簾の腕を手放せない裏組織が彼を拉致り、そしてココに連れて来たのだった。

 自分とそれほど変わらない過去だと、焔はそう思った。
 他人の手によって動かされ、道具としての性能によってのみ重宝されている存在だ。
 だから…ある日、非常警報と共に捲簾が焔の部屋のドアのロックを叩き壊して入ってきた時は呆気に取られた。
「…どうした」
 しかし、ほとんど表情が動かないまま、そう聞き返した焔を捲簾は随分冷静だと思ったのだが。
「…牢獄だな」
 部屋を見回して捲簾はそう言った。
 一見心地良い空間である部屋だが、まず窓が全く無かった。
 備え付けのソファ、高い天井に埋め込まれたライト、壁に収納されているキャビネット。
 …武器に出来るものが全く無い部屋。
 そして、唯一の出入口は外から電子錠が掛けられ、鉄格子に遮られていた。
「俺の部屋も似たようなモンだったぜ」
 捲簾は、眼を細めるようにして口端で笑った。

「お前…」
 焔が言葉を出す前に、部屋に埋め込まれたスピーカーが作動した。
『焔!出陣しろ!』
 切羽詰った声に、焔は納得した。
 敵対する組織の襲撃でもあったのだろう。 
 それに駆り出された捲簾が、焔を呼びに来たのだ。乱暴に。
「…相手は何人だ?」
 立ち上がる焔を、捲簾は隙無く見つめながら、肩を竦めた。
『聞こえるか!捲簾が脱走した!至急防げ!殺しても構わんから外に出すな!!』
 聞き慣れたオペレーターの声に焔は立ち竦み、捲簾はまた口端を上げた。
「何か勘違いしてねえ?」

 成る程、と焔は理解した。
 ココを脱出するならば最上策は、最大の壁となる焔を、素手のうちに倒してしまう事だろう。
 彼くらい優秀なヒットマンならば瞬時に立てる策だ。
 次第に強くなる焔の殺気を受け流し、捲簾は指の抜かれた手袋で頬を掻いた。

「それも勘違いなんだけど」
「…何の用だ」
 お互いのピリピリした気で鳥肌を立てながら、それでも捲簾は平然と、扉の向こうに置いてあったモノを焔に投げた。
 ゆるやかなその放物線は、その物体が何か焔に良く見えるようになのだろう。
 己の大剣を受け取って、焔は混乱した。
 スポーツマンシップでもないのに、五分五分で闘いたいとでも言うのだろうか。
 遠く聞こえる足音に耳を澄ませ、捲簾は精悍な顔を焔に向けると、黒の軍服に包まれたしなやかな腕を焔に差し伸べた。

「来いよ」

 その手に目を落とし、焔は視線を捲簾に当てた。
 強い目。
 不敵な微笑み。
 彼が何者かなど、噂しか聞いていない。
 この組織に怨みも不満も無い。
 一般社会に出た所で何の当ても無い。
 だが。

「ああ」

 答えると、焔は剣を片手に廊下に飛び出した。
 一瞬送れた捲簾が廊下に出た時には、追って来ていた施設職員は峰打ちで昏倒してしまっていた。
 その腕と速さに、流石に捲簾も息を呑む。
 色の違う瞳が、捲簾に『遅いぞ』と言っているようだった。

 それでも仕方ない。
 彼が即答するとは、捲簾も思っていなかったのだ。
 勿論焔の名前は捲簾も知っていたが、会ったのは廊下で擦れ違ったあの時が最初で。
 その時だって、不満だったようにも見えなかったから。
 きっと自分と同じように淡々と生きて来たのだろうと思った。

 それなのにどうして誘おうかと思ったのかは自分でも不明確だったが。

 大体自分が何故、今までは平気だった『組織の手駒』という立場に嫌気が差したかも判らない。
 ただ、多分、自分はあの無表情だがお節介の西竜王の下にいた僅かな時間で、影響を与えられたのだろう、と捲簾は思う。
 死んでいた感情の中で、まず甦ったのが自由への渇望だった。
 生まれたその感情はまだ不明確だが、捲簾は自分の意志に添うことにした。
 何より、そのほうがずっと楽しい。

「うぉわ!」
 角を曲がろうとした途端の機銃掃射に、捲簾は慌てて身を翻した。
「…この施設火気が異常に豊富だよな…」
「ああ、知らなかったのか。ここは軍公認だからな。敵の多い高官にとって便利な施設だ。天界上層部は皆此処を知って使っている」
「…だから西方軍にいた俺を引っ張って来れたんだ」
 うんざりする捲簾の傍で、焔は頭を巡らせた。
 出口はどっちだろうと見当をつけ、直線距離の方向に向き直る。
 壁に向いた焔に、捲簾は訝しげに眉を上げた。
「なに?」
「ココからの方が近い」
 近いったって。
 そう思った捲簾の前で、焔は無造作に剣を薙ぎ払った。
 壁に呆気なく丸い穴が開き、中に倒れ込む。
「行くぞ」
「…」
 壁は防弾・防爆風用に10cm単位の厚みが有ったのだが。
 紙パックにストローを刺すような動きで穴を開けた焔である。
「…俺、凄く便利な拾い物したか?」
 捲簾は小さく呟きながら、前を走る羽織を追った。
 いつもいつも、彼は1人で仕事をこなして来たので、誰かの後を付いて行くなんて始めての経験だった。
 誰も、彼と同等に付いて来れる者はいなかったから。
 それは、誰かに後ろを固めてもらいながら走る焔も同様で。
 何だか不思議な気分だとお互い思いながらも。
 そう、悪くないと思い始めていた。

 そして、建物の外壁を切り開いた焔は、羽織を翻して壁に隠れた。
 咄嗟に穴を挟んだ反対側の壁に張り付いた捲簾の、顔の横数センチを弾が飛んで行く。
「…なにこれ」
「本来は対外への威嚇射撃なんだがな。内部に向けたのか」
 淡々と焔が解説する。流石にここが長いだけある。施設の軍事力は把握していた。
「もう1種類来るぞ」
「は?」
 焔の方を向いた捲簾の視界を、何かが横切った。
 直後部屋の奥で大爆発が起き、2人は身体を丸めて衝撃に耐える。
「…部屋に向けて砲弾撃つなよなあ!」
「30秒に1回の砲弾、そしてココから200mの地点で展開している体温に反応する機銃。対外威力のはずだったんだがな」
「無人か」
 捲簾は一瞬で決意して、焔に手の甲をシッシッと振った。
 不思議そうながら、焔が僅かに下がる。
 その前で、捲簾はしなやかに床を蹴った。

「!!」
 外に顔を向けて、捲簾が穴の前を駆け抜ける。直ぐに耳を打つ機銃から身を翻して、勢いを殺せないまま倒れこんだ捲簾を焔は抱き止めた。
「…何無茶している…」
 抱き止めながら、焔の方が動悸を早めていた。
 いくら捲簾の脚が早いからって、銃弾の前に身を晒すというのは論外だ。
 焔に支えられて体勢を立て直した捲簾は、おもむろに銃を取り出した。
 機銃の前では滑稽なほど小さいトカレフ。
「…相手の数と位置、確認しなきゃ何も出来ねえじゃん」
 思わず、焔は至近距離で捲簾を見た。
 今の一瞬で、飛んでくる弾から眼を逸らさずに、捲簾は備え付けられた機銃の位置を把握したのだろうか。
「…次のデッカイの来るぜ」
 捲簾の言葉に、2人で身体を丸める。
 直後、轟音が部屋に響いた。
 前の砲撃から、捲簾は時間も計っていたらしい。しかも正確に。
「この次の砲撃で、流石のココも崩れる」
 轟音で麻痺しかけた焔の耳に、通りの良い捲簾の声が聞こえた。
 砲撃で汚れ、壁の欠片で顔に小さな傷をつけながら、やはり捲簾の目は強かった。
「お前の腕なら、飛ぶ砲弾を斬れるか?」
「ああ」
 やった事はないものの、焔は頷いた。
 この相手に、不甲斐ないことを言えない気がした。
 捲簾は、小さく笑った。
 何だか、先程までの鋭さを感じさせる笑顔ではなかった。
 まるで、気を許したような。
「俺は機銃を黙らせる。砲弾は頼む」
 捲簾の銃では砲弾には歯が立たない。
 焔の剣では、数は相手に出来ない。
 お互いの弱点を補うような作戦を立てられる相手が出来るとは、お互い思っていなかった。
「…では、お前の合図で走ろう」
 焔のその言葉は本物の信頼で。
 自分の腕に自信が有るとは言え、捲簾が機銃をどうにかしないと被弾する恐れがあるというのに、焔はいっそあっさりと自分の身を捲簾に預けてきた。
 捲簾の笑顔から、完全に険が消えた。
「…サンキュ」
 トカレフを手に立ち上がると、捲簾は自信ありげに口端を上げて、焔にウインクした。
「じゃ、行くぜ、相棒」
 
 そこから。

 捲簾も、焔も本当の人生が始まったのだ。




「へー」
 ナタクは大きく息をついた。
 そんな過去があるとは思わなかった。
 これほど活き活きしている2人が、道具の位置に甘んじていた時期があったとは。
「それで?どうやって脱出したんだよ」
 ワクワクしながら身を乗り出すナタクに、大人2人は顔を見合わせた。
「え?後は俺が穴の前を飛びながら機銃の銃口狙って撃って、銃身を暴発させてー」
「俺が合図で走って砲弾斬って…」
「2人して砲台蹴飛ばして施設中央部に弾飛ばして逃げて終わり」
 いや、そう軽く言われても。
 ナタクは大きい瞳を半分にした。
 やっぱこいつらはバケモノだ。
「でも何で捲簾は焔連れて行こうって思ったんだ?」
 気を取り直したナタクの質問に、捲簾は眼を上に向けた。
「うーん…何だろうなあ。やっぱ何か似てたからかなあ。付いてきても、付いて来なくても、取り合えず声だけは掛けてみようって思ったんだよ」
 最初は、本当にそんな軽いつもりの誘いだったのだ。
 それが腐れ縁になって、今では最高の相棒であり、最大のライバルなんかになってしまっている。
 人生って不思議〜と、捲簾はあくまでも軽く思った。
「焔も良く付いて行ったよな」
「…捲簾だったからな」
 ナタクの言葉に、焔は冷静な表情で答える。
 捲簾はソファの背凭れで後頭部を打ち、ナタクは肩で大きく溜息をついた。
 愛の告白並に照れることを、何真面目にほざくのだろうかこの男は。
 しかし、焔はいつでも真面目である。
「捲簾にならば、付いて行っても良いと、あの一瞬で俺は決意したのだ」
「は?捲簾になら突いてイってもイイ?」
 総攻ですねー。と気の抜ける声と共に、天蓬が白衣を脱ぎながら部屋に入ってきた。
「あ、いらっしゃい、来てたんですねナタクv」
「…」
 余りのセリフに突っ込みを入れようとしたナタクが、その笑顔に言葉を無くす。
 横から口を出したのは捲簾だった。
「…お前出現した途端にダメージ与えるセリフ吐くの止せよ」
 誰に対しても…天蓬に対しても態度の変わらない捲簾を、ナタクはちょっと凄いと思った。
「天蓬!!疲れただろう!さあ座るが良い!大丈夫だそれがお前の望みであるならば俺は捲簾をも犯して見せようとも!!」
「勝手に誤解を進めるな」
 捲簾の脱力した呟きは、いそいそと天蓬をエスコートする焔には伝わらない。
 焔もある意味凄いよな、とナタクは達観した。
「何の話をしてたんですか?夏の新刊?
 天蓬、ナチュラルにディープな単語を使うな。
「俺と捲簾の出会いだ」
 焔の差し出した湯飲みを手に、天蓬は見た目だけは可愛らしく首を横に倒した。
「ああ、そーいえば僕聞いたことありませんでしたね」
「マジ?」
 ナタクは驚く。
 天蓬すら知らないコアな話だったのだろうか。
「…お前昔の話何にも聞かねーもんな」
「聞いて為になる話じゃないですから」
 さらりと天蓬は斬って捨てた。
「これから先の事だけで頭が一杯ですよ」

 なるほどな、とナタクは笑った。
 過去に何があっても、現在には何の関係もないのだ。
 かつて、彼らを傷つけたナタクを、こうやって迎えてくれるように。
「そうだな…天蓬、俺たちの輝ける未来への道のりが今はっきりとこの網膜に映し出せる…愛と栄光に彩られた至福の未来だ」
「うーん、捲簾と穴兄弟の未来はあんまり栄光じゃないですけどねえ」

「離れろ。そこから」

 外野のアホな会話は、浸っているナタクの耳をスルーしていく。
 彼等との付き合い方を心得始めたナタクだった。

どうしてルパンの3人は出会ったんですか?と聞かれたのです。
どうしてだろう(考えなし)
そういえば書いてなかったと思ったので、取り敢えず捲簾と焔を書いてみました。オリジナルだね!!