常春の天界
不殺生を旨としながら尚、まつろわぬ者達を封じてゆく。矛盾を持った天界軍最高幹部会が今日も繰り広げられていた。
重厚な扉を矛をクロスさせた警備兵が守り、周囲にも油断無く目を光らせている兵士が詰めている。まるでその閉じられた扉の中の静かでいながら熱い空気を感じ取っているかの様に。
扉の中…食い入るような真剣な眼差しが集中するのは、誰が書いたのか毛筆で掲げられた本日の最重要課題。
【天蓬元帥のち○びの色vを確かめちゃおう♪の会!】
最低な集団である。
その文字もきっと、額を掲げてから書いたのだろう。所々墨液が重力に引かれて下方に筋となって流れているのが非常にオカルトだ。
議長であるうんこあた…李塔天は、重々しく一同を見渡した。
子供の威光を持って今の地位を手にした恥知らずだが、こいつの恥知らずはもはや別の所かも知れない。
「今日の閣議は他でもない。先日の西方軍下界討伐の報告だ」
無言で最高幹部達が頷く。
西方軍の討伐報告ではあるが、当の西方軍元帥と大将は揃って欠席である。今に始まったことではないが。
誰にもモラルが無い辺りが流石天界である。
どうやら皆が脳味噌を常温で溶かしたらしい。
「負傷者は一切無し…無論元帥にも掠り傷1つついておらん。ただ…妖怪が自爆して決着がついたようだと報告が入っている」
怪獣ですかソレ。
しかし、会議室はあくまでも真剣なムードのまま、ざわりと空気が動いた。
「へえ、自爆ねえ」
何故か招待席――何故軍の最高幹部会議にそんな物があるのかは不明だが――に偉そうに高々と足を組んでふんぞり返った観世音がにやにやと赤い唇を歪めた。
「自爆といえば…爆風も凄かっただろーよ」
瞬間に血飛沫が天井まで噴き上がる。
そこに雁首揃えたほぼ全員が鼻から流血していた。
「元帥のカッコって…アレだよな」
鼻を片手で押さえ、その皮手袋から溢れる血を更に片手で押さえながら是音がうめく。
「…ああ、アレだ」
冷静に答える紫鴬は鼻を押さえてもいない。どくどくと血が胸元まで染めている。
元帥のアレ。つまりは軍服だが。
白い肌にいっそ映え過ぎる漆黒の軍服を、天蓬は素肌に1枚羽織る。
彼と同じく裸族な捲簾が気前良く前を全開にしているのとは対照的に首までしっかりとベルトで止めるが、細い腰を強調するようにベルトを締めた後。
この元帥は良く、下を穿くのを忘れる。
「ご開帳か…」
沈鬱な面持ちで闘神焔が噛み締める。内容は最低だ。
もう1人の幼い闘神は周囲の尋常じゃない大人達に囲まれて蒼白になりながらうっすら笑っていた。
どうやら意識は遠い花畑に行ってしまっているらしい。
もうすぐ母にも会えそうだ。
『俺はそんな大人にはならない…絶対に!』
誓う心に重みがあった。
苦労性の二郎神は防災頭巾を頭から被って机の下でガタガタ震えている。
「そんな姿を西方軍の野獣共に見せてしまったとは…」
白い頬を更に白くして呟くのは傲潤だ。自分の軍なのだが、そこまで言ってしまって良いものだろうか。
「その通りなのだよ!」
バン!と李塔天が机を叩く。うんこドレットがぶらぶらと揺れた。
「只でさえ血の気の多い猛者共だ!!しかも戦いの勝利に昂ぶっている時にソレだ!」
「そんな…っ」
万年苦労男(自主的)焔が拳を握り締める。
「泣きながら拒む白い肢体を腕ずくで組み伏せ、下賎なる兵士共が口といわず下といわず欲望を捩じ込み、白濁液で彼を汚したというのか…っ!」
いや誰もそこまで言ってないから闘神。
彼が禁忌なのは血筋だけでは無いらしい。
己の鼻を源泉とする流血の海で、神達は前を押さえてゴロゴロ転がった。
どうやら想像力には困らない方々のようだ。
「…くっ…泣いても無駄だぞ…」
「ココは嫌だとは言ってないな…」
断片的に漏れ聞こえる電波との会話に腰を抜かした二郎神は這うようにして扉へ向かった。
ナタクの口から見える白いモノはエクトプラズムだろうか。
やっと扉まで二郎神が辿り着いた時、それが勢い良く開かれた。
「遅れました」
『すみません』の1言もなく、この光景を全く目に入れていない平然とした口調で天蓬は妖艶かつ淫猥に微笑んだ。
後方で捲簾が小さく口笛を吹いて会議室を見回す。
どうでもいいが、天蓬は二郎神を踏んでいるのだが、気付いてやれ。
「元帥…」
顔の下半分といわず、服も髭もうんこ髪も血に染めた李塔天が彼にフラフラと近付く。一応は議長だ。
「席に…」
全てを言わせずに、天蓬は嗜虐的に碧の目を細めた。
「失礼」
情事の最中のような掠れたエロボイスと共に、ぐしゃりと何か固い物が潰れた音がする。
天蓬のカウンターパンチは見事に李塔天の横面に決まり、李塔天は机や椅子を巻き込んで頭から壁と床の境目に突っ込んだ。
ビクビクと断末魔の痙攣をおこすスネ毛足を見て、天蓬はうっとりと大きな目を瞬かせると、己の指で赤い唇をゆっくりなぞった。
「いつから貴方、僕に席を勧める立場になったんです?」
いや、それは違うだろ元帥。
しかしそのエロフェロモンに神々は身体を2つに折って堪えるのに精一杯である。誰も天蓬に突っ込めない。
取りあえず満足したらしい天界の女王様は白い肌に白衣一枚。無雑作に前を止めてはいるが、それがまた段違いに止められていたりするものだからチラチラと隙間から肌が見えて余計にヤバイ。
首筋にもその下の方にも、つい先程まで耽っていたのだろう情事の名残が見せつけるように赤く残っている。
白衣の裾を割って伸びる素足に便所ゲタピンヒール仕様。
天蓬の為だけに天界のトイレに備え付けられている逸品である。
「酷い目に遭ったな、天蓬元帥」
妄想に生きる男、焔が色の違う双眸を痛ましげに細めた。
カオは良いのだが。
「だが、だが俺は…っ、例えお前が男共の濁液にまみれてもお前を汚れたとは思わん。汚辱の限りを尽くされた所で、お前の魂まで汚す事など誰も出来ないのだ。俺が奴らを忘れさせてやろう…この術でお前の型代を造り、毎晩磨いたテクだ。大将如きにひけを取ることは無い」
ぶつぶつと呟いている妄想のうち、前半はともかく後半はマズくないか闘神。
どーだろーね、と捲簾は余裕で唇の端を上げ、煙草に火をつける。
ついでに天蓬が咥えた煙草にも火をつけてやった。
ふう、と桃色に見える吐息をついて、天蓬は瞳を上げて口を開く。
「で?」
聞き流すな。
「例えお前が父親の判らぬ子供を産んでも俺は…」
妄想の続く闘神から目を逸らして、天蓬は焔の御付の2人に目を移す。
細い顎を心もち上げて指示され、是音と紫鴬は主君を両側からずるずると引きずって天蓬の前を空けた。
血の海の中をゴロゴロ転がって天蓬の白衣の下を拝める位置に向かう変質者高幹部を容赦なく踏みつけて、天蓬は傲潤の座っている席の机に傲慢に腰をかけた。
「今日はウチの軍の報告が主題でしたね」
ふー、と煙を吐く濡れた唇。どう見ても『報告に伺った』様子には見えない。
そっと傲潤が灰皿を天蓬の近くに寄せている。お前も下僕か。
そこで首が変な方向に曲がったまま、フラフラと李塔天が起き上がった。流石死の無い天界人である。
その素足を拝める位置へと寄ってきた彼のうんこ姿をメガネ越しに映さないまま、天蓬は唇から離した煙草を李塔天の額の菱形に、ぎゅっvと押し付けた。
ぎゃあvと嬉しそうに悲鳴をあげて倒れつつも吸殻を離さない父を、滝のような涙を流してナタクが見守っている。
彼は、こんな時の父の眼も嫌いだった。
不憫な息子である。
「た…たすけ…」
やっと扉を抜けた二郎神が血塗れの(鼻血だが)姿で警備兵に助けを求める。
背中のピンヒールの跡が誤解を誘わなくも無いが、幸か不幸か警備兵には見えなかった。
何事か、と血相を変えた警備兵らが扉を開くのと、
その彼らの対面で議題を見上げていた天蓬が「言ってくれればイイのに」と白衣の胸元に人差し指を掛けてグッと引いたのが同時だった。
部屋の桟すら乗り越えて、どくどくと血が廊下に溢れ出す。
「あー、今日も楽しかったぜ」
また呼べよ、とご機嫌な観世音がぴらぴら手を振り、元帥と大将がのんびりと振り返す。
その2人以外、意識を保っている者はいない。
今日も天界は平和であった。