1日に20回は、顔も見たくないと思う。



 特にこう今みたいに、せわしないけれども妙に心騒ぐ楽しい雰囲気に西方軍全体が覆われていて。
 ああ年末って良いものだ、としみじみ堪能している時に仏頂面なんか見せられた日には存在自体が気に触ると天蓬は思うのだ
 思ってみたから、当の相手にそのまま告げると、相手は精悍な眉を急角度で吊り上げた。

「って、テメーは年末だって何もしねぇだろうが!そこどけ!床拭けねぇ!」
「うるさいですね!大体季節も時間も無い永遠の天界で年末とか騒いでるのって何ですか。馬鹿ですか」
「さっきと言ってる事違うじゃねぇか!」

 叫んだ捲簾に執務室を叩き出されて天蓬は桜色の唇をヤケに煽情的に尖らせて廊下を歩いた。
 しばらくブラついてからプライベートルームとの境の渡り廊下で足を止め、組んだ腕を手摺りに乗せて外を眺める。
 年末だって寒い訳じゃない。目に映るのは相変わらず咲き誇る桜。
 そんなものだ。

 しかし本当に彼は気に触る。
 性格がどうしても合わないのだろう。きっと向こうも同じ事を思ってるに違い無い。そういう所は分かってしまう辺りが返ってやりにくい。性格は合わないくせに考えてる事は同じなのだ。
 笑ってしまうくらいに。
 副官を辞めようかなんて何度も思った。記憶力が桁外れている天蓬すら覚えるのを止めた位考えた。
 それでも、相変わらず隣に立っている理由なんか、決まっている。こんなに彼の事ばかり考えてしまっている理由も。どうしたって有能だし。それに。

「ほい」
 耳触りの良い声とともに、目の前に紙皿が付き出された。分かってる。さっきから近づく気配がしていた。彼も気配を隠していなかった。
「片付け終わったぞ。今はもう餅付きも一段落」
 それなら何か。掃除して餅つきまでして、それでここに来たのかと天蓬はぼんやり考える。
 それでこの時間か。突飛な場所を考えて来たつもりだったが、一発で探し当てたとでもいうのか。
 それに辛み餅一皿で機嫌を直させるつもりなのだろうかこの男は。何て簡単に考えているのか、仮にも西方軍の元帥ともあろう者を。

 とはいえ、天蓬だっていつまでも臍を曲げてる気は無い。お互いその辺をうやむやのうちに片付けて、天蓬は紙皿を受け取った。
「ありがとうございます」
「おう」
 更に熱燗が横に置かれた。本当にヤケに気が利く人なのだ。寒くないというのに熱燗で年末気分を出す辺りとかも。

 二人して、黙ったまま手摺りに持たれて桜を眺める。一皿に盛られた餅をお互いつまみながら。
 最後の一口を飲み込み、酒で流し込んでから捲簾は唐突に天蓬を真っ直ぐ覗きこんだ。
「来年もヨロシク」
 

 性格は合わないのに。
 考えてる事は、いつも同じだ。


「こちらこそ」
 

 それならば。
 1日に20回は顔も見たく無いと思うけれど。
 1日に21回は、会いたくて堪らなくなるこの気持ちも同じなのかと、天蓬は眼鏡の奥の瞳を細めた。
 それは都合の良い空想だったのだが。
 引き寄せられて顔が近付いた時に、何せキスしたいタイミングまでも同じなのだから、と天蓬は少し笑った。