西方軍が天界最強軍だという評は正しいと目の前の乱戦を見て天蓬は思った。
 それは指揮を下す天蓬を部下らが完全に心酔しているからである。 
 西方軍は天蓬の策を微塵も疑わずに実行する部隊だと極論することも可能。
 そのため指揮伝達系統は完成しており、無駄がない。
 それが眼下に良く分かる。
 こうやって他の軍と共同演習など行なっていると特に。
 隣の本営では東軍元帥が矢継ぎ早に命令を下している。
 天蓬への対抗が余りにあからさまで、どちらかと言えば動きの良い西方軍に対し牽制というか妨害に近い。


「元帥、ご指示を」 
 声を掛けられて天蓬はつまらなそうに眼鏡を袖で拭いた。
「数だけは必要以上にいますからね。時間は無駄に掛かっても封印は出来るでしょう、後方から行なえる指示なんてありません」
 事実ではあるが職務放棄じみた事を言うと、部下は困った顔になった。
「いえ、捲簾大将の件について…」
 それでやっと天蓬は彼が生死不明だという報告を思い出した。
 西方軍を最強に作り上げたのは半分はその捲簾だった。
 独断専行と評判だった男は天蓬の指示を最速でこなせるように実動部隊を作った。
 数回の戦闘で天蓬の判断を認めたからだ。
 だが、捲簾は他の部下とは違い、天蓬に服従している訳ではない。
 彼が指揮出来ない状況になればこうやって簡単に行方を眩ます。
 天蓬は戦局を見下ろして眼鏡を掛け直した
「僕の馬を。それと僕の直属部隊に集合を」
 下士官は驚きながらも絶対命令に従って本営を去る。
 ここで止められる捲簾は今は生死不明。
 

 最前線左翼。
 突出し過ぎている東方軍がもうすぐ崩れる。
 そこを足掛かりに敵が付け込もうとした瞬間後方から別動隊が挟撃すれば勝敗は決まる。
 捲簾が気付かないはずがない。
 その場合潜むのなら手頃な林まである。


 その判断が間違っているとも。
 捲簾が本当にどこかで重傷を負っているとも天蓬には思えなかった。
 こんな馬鹿馬鹿しい戦いでそんな状態になるようでは天蓬から無様だと罵られるだろう。
 彼らにとって相手に評価を落とされる事は一番の痛手だ。
「アレを探せるのは僕しかいないでしょう」
 そんな理由を付けて戦場のただなかに馬を乗り入れながら何となく天蓬はこうやって退屈な本営から抜け出せる口実を捲簾が作ったのかもしれないと思った。