伝え損ねた言葉があった。
 世界に言葉は溢れていて、天蓬の殊更優秀な頭脳にはそれこそ100万語渦巻いていたのだけれど、ソレを伝える為の言葉を持ってはいなかったのだ。
 最初に言ってしまえば良かった。
 もっと感情が複雑な内に。
 いくつもの稚拙な言葉を併せれば、表わせる位に。
 今となってはシンプルになりすぎて、1つで済む分投げるのですら自分には重過ぎる。
 それですら、あの男は片手で受けて見せるのだろうけれど。
 もうすぐ自分達は終焉を告げる。
 それは天蓬にとっても、捲廉にとっても予感や確信では無く一つの事実だ。


 捲廉は銃を好まずいつでも剣を使っていた。
 銀の光が一閃し、その軌跡を追う様に翻る黒。
 荒々しくも優雅なそれを、天蓬は殊更気に入っていた。
 手合わせすると判るその太刀筋の自由な柔軟さ。
 剣撃の音が高くなる。
 重い音。
 誰よりも。
 何処にいてもすぐに判る。
その音が好きだった。     
    
 戦いの最中では、天蓬からの指示を聞く時も、己が指示を出す時も前だけを見て、チラリとも振り返らない。
 その背中が好きだった。
 自分の事には決して憤らない捲廉に激した天蓬をなだめる指先。
 子供や小動物に触れるような、触れ方で。
 その指先が 好きだった。
 懐に入れるだけ入れて最期まで何も与えさせず、揺るがされずにいる。
 その存在全てが憎くて、気にくわなくて、愛おしい。
 こんな想いは自分だけが抱えていけばいい。
 今更あの男に教えてやるのは勿体無いだろう。
 右耳の通信機は先刻から耳障りなノイズを拾い続けている。
 銃も弾切れで、血脂で切れ味の鈍った刀は既に叩きつけて破壊する為の鈍器になり果てた。


 唐突に聞き慣れた金属の破壊音を通信機が拾い上げ、続けてもっと聞き慣れた愛しい男の声が聞こえた。
「おい、そっちまだ生きてっか?!」
「ええ、まあ。」
「そーか、一人?」
「ええ。」
「ハハ、こっちもだ!」
 会話の合間に骨を断つ音が聞こえる。
「まだ、イケそーか?」
「そっちこそ。」
 後ろに気配を感じて咄嗟に刀を薙ぎ払う。
 通信にまたノイズが混ざりはじめ、唐突に音が遠退いた。


「好きでしたよ。」
 そっと。
    
    呟いた。
 聞こえねーよと、途切れがちにけれどまだかろうじて繋がっているインカムから流れる声に向かい、聞こえない様に言ったのだと晴れやかに笑って、天蓬はブツリと通信を切った。